加計学園問題って何がどう問題なの?と思った時に読む話

城 繁幸

今週のメルマガの前半部の紹介です。
一連の天下り問題で辞任に追い込まれていた前川・前文科省事務次官が「加計学園の獣医学部新設に際し、官邸からの圧力があった」と暴露したことが波紋を呼んでいます。民進党など野党四党は氏の国会喚問を求める構えですが、与党は応じない姿勢を維持しており、籠池問題に続いてまたまた政策論議がおざなりになりそうな雲行きです。

加計学園問題の本質とはいったい何なのでしょうか。そもそも、前川氏はなぜ今になってこの問題をリークしはじめたんでしょうか。個人のキャリアを考える上でも、非常に興味深いケースだと言えるので簡単にまとめておきましょう。

筆者が前川前次官はまったく信用できないと考える理由

実は、加計学園の陰でもう一つ、とってもわかりやすい国家戦略特別区案件が認可されています。今年4月に千葉で開校した国際医療福祉大医学部です。2015年11月に公募開始で17年春にスピード開校、公募なのに手を挙げたのが一校だけ、高級官僚が学長や理事にゴロゴロ天下っているという大変分かりやすい案件です(ちなみに文科省からは2名)。

【参考リンク】天下り官僚が暗躍か 私立医大“特区”認可にデキレース疑惑

余談ですけど、朝日新聞はなぜこっちの案件は報道しないんでしょうかね。人様の命を預かる医学部案件が利権とバーターで認可されている方がよっぽど大問題だと思えるんですが。やっぱり「安倍叩き」につながらないと朝日的にはニュースバリュー無しってことなんでしょうか。それとも、ひょっとして国際医療福祉大の医療ジャーナリズム教授に再就職なさっている大先輩(元朝日新聞論説委員)に“忖度”なさったんでしょうか。

まあそれはさておき。上記の事実からは、前川氏の人物像は以下のようなものだと推察されます。

「天下りポスト貰えるなら医学部の一つくらいポンと作ってあげるけど、(獣医学部が無くて困った自治体が誘致しようとしている)四国に獣医学部作れっていう上からの圧力は絶対に認められない。正義のために断固戦う!」

書いといてなんですけど、まったくリアリティがないんですよ。ポストという「目に見える利権」と引き換えに認可を使い、さんざん行政を歪めておきながら「官邸からの圧力で行政がゆがめられた」って、この人の言うあるべき行政って何なんでしょうか。天下りポストと獣医師会の既得権だけは守る正義のヒーロー?そんなの正義のヒーローでもなんでもないです。ウルトラマンがリベートもらって特定の組織に便宜図ってたら子供泣くでしょう。

ついでに言うと、例の「出会い系バーにおける貧困の実態調査云々」も筆者は全く信用していませんね。だって、博士号取得してもポストがなく、非常勤講師やらなにやらで食いつないでいる年収300万くらいのポスドクなんてそこら中の大学にいるわけですよ。そういう困ってる人たちを踏み台にして霞が関からパラシュートで学長や教授ポストに高級官僚が降りてくる仕組みを運用してきた人間が「夜の街で貧困女子の実地調査をしていた」なんて言ったって信用できるわけないでしょう。

もっといえば、彼らポスドクを増やしたのは文科省の“ポスドク一万人計画”じゃないんですかね?あのおかげで大学院が拡充されて文科省的には予算も天下り先もずいぶん潤ったはずですが、そういうことへの反省の弁みたいなものはまったく氏からは出てこないわけです。どうも安倍嫌いの人たちは想像力を100倍くらいたくましくしてリアリティの無いヒーロー像を一生懸命前川氏にイメージされているようですが、どう考えても無理があります。いい年なんだから冷静に現実を受け止めましょう。

逆に筆者の頭には、以下のような人物像がリアルに浮かんできます。

「天下りは必要不可欠。なのになんで自分だけ天下りの責任取らされて辞任させられるのか。他の省庁だってみんなやってることなのに。え~い、こうなったら俺をクビにした連中も道連れにしてやる!」

もともと民主党鳩山政権下で最初に(加計学園を想定した)獣医学部新設に関する自治体からの特区申請が「実現に向け検討」とされていたことを考えるなら、(たとえあったとしても)官邸上層部からの圧力なるものは「民主党から引き継いだ例の仕事、なんでサボってるの?早くやらないとダメでしょ」レベルの話でしょう。サラリーマンなら日常的に上から降ってくるレベルのやり取りです。というより、内閣が決めた方針を7年間も放置していた文科省の姿勢こそ問われるべきではないでしょうか。

それを天下り問題発覚で詰め腹切らされたことを逆恨みした前次官が複数のメディアに特ダネとして売り込み、他メディアが二の足を踏む中、安倍批判につなげられると判断した朝日新聞が「志ある正義の官僚」路線に仕立てて記事にした、というのが実情のように筆者には思えますね。

問題の本質は年功序列制度にあり

とはいえ、実は筆者は前次官には同情もしています。いろいろ俯瞰的に眺めると、彼はむしろ被害者なんじゃないかとさえ思えてくるのです。筆者がそう考える理由は2点あります。

1.そもそも、官僚は「限りなく黒に近いグレーな天下り」というバクチを張らないと報われない

官僚の人事制度は極めてオーソドックスな年功序列制度であり、勤続年数に応じて少しずつ職階と賃金が上がっていく仕組みです。ただし、組織はピラミッド型なので、当然、上に行くほどポストの数は減ります。とはいえ毎年下から上がってくる後輩にもポストを分け与えて昇給させてやらねばなりません。そこでどうするか。だいたい45歳くらいから、各省庁お抱えの独立行政法人や大学といった外部ポストにどんどんベテラン官僚をパラシュート降下させていくことになります。これがいわゆる“天下り”と言われるものであり、年功序列制度を維持するために必要不可欠なものなんですね。

キャリア官僚といってもけして給料が良いわけではなく、30歳時点では民間大手に就職した同級生より2~3割くらいは給料が安いのが相場です。また長時間労働も慢性化しており、そのほとんどがサービス残業でもあります。はっきり言えば、45歳以降にそこそこの外部ポストに天下ってようやく割りがあうくらいの報酬システムなんですね。

天下りが限りなく黒に近いグレーな行為だということは前川氏自身もよくわかってはいたでしょうが、だとしても組織の長として、それを止めるわけにはいかなかったのでしょう。現に他の省庁では今でも天下りシステムは機能していますし、今後も文科省含め、足がつかない形でより巧妙に水面下で運用されていくはずです。

2.みんなわかってて、見て見ぬふりをしているだけ

そして、上記のような事情は、ある程度の規模の組織に10年以上勤めている人間なら誰だって理解している事実です。なぜなら、民間企業の多くも年功序列であり、外部ポストにベテラン社員を送り込むことはルーチンとして行っているからです。商社であればグループ企業に、銀行であれば取引先に、大手メーカーなら子会社や下請けに、部長待遇や役員待遇でパラシュート降下させています。

朝日新聞だって朝日新聞出版に、日経新聞だって日経BPや日経新聞出版に経営陣や編集長として送り込んでプロパー社員の担ぐ御輿の上で安定した余生を過ごしているわけです。そういう事実はおくびにも出さず「民意に反する天下り根絶を」なんて社説でしゃーしゃーと説教されることに、多くの官僚は強い不満を抱いています。

【参考】webロンザ 元財務官 榊原英資「公務員改革の愚」より

天下り規制も全くナンセンスです。日本の場合、雇用制度は終身雇用、年功序列が基本。民間企業の場合も官庁の場合も、同期が重役・社長に昇進するにつれ、多くの人たちは関連会社や子会社へ出向していきます。

役所の場合も公社・公団などの独立行政法人に40・50代から転職していきます。役所にとってこうした組織は関連会社であり子会社です。天下りというと何か権力を背景に出向するようですが、実態は関連組織への転職です。

日本的雇用システムのもとでは、人事をスムースに運営するためにはこうした転職は民間でも官庁でもごく自然なことなのです。それを官庁だけ根絶するというのは、現実をまったく無視した暴論です。民間企業で関連会社、子会社への出向を禁止したらどうなるのかを考えれば、答えはおのずから明らかでしょう。

まとめると、“天下り”を必要悪とせざるを得ない現行の年功序列制度こそ、問題の本質なわけです。だから本当に天下りを根絶したかったら「終身雇用と年功序列も廃止しよう」と言うしかないわけです。そういう手間のかかることはやらずに「天下り根絶!」なんて出来もしない建前を掲げさせ続ければ、前川氏のようにすべてを背負ってさらし首にされる責任者は、今後も定期的に発生してしまうでしょう。

なんといっても文科省トップですから、彼の第二のキャリアは華々しいものとなるはずでした。教授や学部長ポストが用意された上で有名校から引く手あまただったはず。年1500万くらい貰いつつ、体の動く間は悠々自適なセカンドキャリアを満喫できたことでしょう。もう人目なんて気にせず、大好きな「貧困女子の実態調査」もやり放題だったはず。でも、それらすべては露と消えました。天下り問題で引責辞任した元次官なんて、まともな大学は怖くて誰も声かけませんから。

「なぜ自分だけが……みんなやっていることなのに……」
もちろん、そんな言い訳が通用しないことは彼が一番よくわかっているはずです。

ただし、何もかも失った氏が、一つだけ起死回生の逆転ホームランを打つ方法がありました。それは“反体制”という魔法の呪文を唱えることです。その呪文を唱えさえすれば、あら不思議、天下り問題発覚後に自分を叩きまくっていた野党のみんなは、反体制のヒーローとして自分を持ち上げてくれます。

【参考リンク】野党4党の議員を大阪府の自宅に迎えた籠池泰典氏

リンク先の写真は一足先に呪文を唱えた籠池センパイですけど、野党四党の代表をバシっとしたがえてなんだか戦隊モノのヒーローみたいですね(横にピンクもいるし)。

4月に「教育行政をつかさどるものとしてはより高い倫理観が求められてしかるべきだ」と厳しく批判していた東京新聞なんて、いきなり「天下り問題で処分されたくらい部下の面倒見がよい」と手のひら返して賞賛してくれてます。

「官邸の圧力で降ろされた」と生放送で放言して鮮烈な陰謀業界デビューを飾った経産OBの古賀さんを超える大物反体制言論人の誕生です。ひょっとしたら民進党公認で次の選挙に出馬→反体制の波に乗って大勝、自身は大臣として文科省に王の帰還、なんてロードマップも思い描いておられるやもしれません。

でも、それは本当に氏が望んだことなんでしょうか。

上記のような陰謀業界にデビューするということは、今後、こういう熱烈な支持者と仲良く手を取り合って残りの人生を生きていくことでもあります。

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事務次官に上り詰めるほどの人材ですから、氏ほど頭脳明晰な人は官僚でもそうそういません。文部行政の門をたたいた若かりし頃は、きっと志も高かったはず。今、上記のような「地震兵器信者」たちの担ぐ御輿の上で、氏は何を想うのでしょうか。

もちろん本人以外には知りようがありませんけど、清々しているというよりは、鬱々とした気分でいらっしゃるように思うのは筆者だけでしょうか。

以降、
真の公務員改革とは、官をポストの呪縛から解放し、嫌ならさっさと転職しやすい環境を整備すること
個人が氏のキャリアデザインから学ぶべき教訓

※詳細はメルマガにて(夜間飛行)


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2017年6月8日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。