憲法学者の言うことが全て法律論であるとは限らない

篠田 英朗

憲法学者の言説は「絶対」なのか(左は長谷部恭男・早大教授、右は小林節・慶大名誉教授=日本記者クラブより引用:編集部)

自民党の全国会議員を集めた憲法改正推進本部の会合が、昨日開催されたという。現在、自民党内の議論は、安倍首相の自衛隊合憲性明記を追記する提案と、石破茂・元幹事長の9条2項削除論の意見が、対立軸になっているように見える。

私自身は、6月12日に、自民党の憲法改正推進本部のお招きを受けて、話をさせていただいた。私の話が終わるや否や、真っ先に手を高々とあげて質問をしてくださったのは、石破・元幹事長であった。非常に熱情こもる話しぶりであり、真面目さが伝わった。

私は石破・元幹事長の現行憲法理解には全面的に賛同する、と申し上げた。また改憲案としての2項削除案は綺麗な案であることは間違いないと述べた。ただ自分自身は、自衛隊の合憲性明確化は早期に確定したほうが良いと考えるので、争いが少ないだろう首相提案のままでいいのではないかと思っている、と述べた。

以前に書いたブログ記事では、首相案のまま提案するのか否かは、「政治判断だろう」、と書いた。

ちなみに私は、やはり以前のブログで、「護憲派は改憲案に賛成すべきだ」、という意見を書いた。

しかし、残念ながら、実際には、改憲に賛成する護憲派はいないようである。それどころか、護憲派は、「政治判断」以前のいわば誤解を広めて、何としても改憲を阻止しようという政治運動を展開する構えのようである。

健全な論争は、もちろん望ましい。しかし政治運動を優先させて、誤解、あるいは意図的な問題のすり替えを広めようとするのは、邪道である。そこでまずは、扇動主義の蔓延を少しでも防ぐための解説を施しておきたい。

ポイント1:但し書きは一般条項に優越する

自衛隊の合憲性を明記する9条3項(9条の2が良いという見解もあるようだが、ここでは便宜的に新設の3項と仮に呼んでおく)は、2項に対する但し書きになるはずである。「特別法は一般法に優越する」のが法解釈の大原則である。したがって但し書きは一般条項に優越する。つまり但し書きが明記された時点で、自衛隊は2項の「戦力」に該当しないことが、文言上疑いのないものとして確定する。但し書きを作っても、なお2項で「戦力」が禁止されているので矛盾が残る、といった議論は、端的に間違いである。

巷では、首相案では、9条に自衛隊禁止規定と合憲規定が混在して混乱してしまう、などと言っている憲法学者がいるが、全く成り立たない。2項が自衛隊を禁止しているという理解が生まれる余地を消し去るのが、新設3項の但し書き規定になる。但し書きがあっても2項があるので自衛隊は禁止され続ける、といった話を流布しようとしている憲法学者は、法学者というよりも、混乱の拡張を狙う政治運動家だ、と言わざるを得ない。

英文で「Force」が2項で禁止されているのにSelf-Defense Forceが合憲化されるのはおかしいとか、自衛隊をしっかり軍隊にしないと自衛隊員が可哀そうだといった「自衛隊員なりすまし」式の言説も見かけるが、議論としては全く成り立たない。2項で禁止されている「War Potential」としてのForceに、自衛隊というForceが該当しないことが、但し書き規定によって確定されることになるはずだ。同じForceという語だと曖昧だという話は、現在の状態に対する評論ではありうるかもしれないが、新設但し書き3項案への批判としては成り立たない。また現時点でも、「実力組織」としての自衛隊は、Militaryとしての軍である。軍隊にしてやらないと可哀そうだといった議論は、現状でも成り立っていない。どうしてもということであれば、新設3項の但し書き規定に、自衛隊は2項で禁止されている戦力ではない「軍隊」だ、ということをしっかり明言すればよい。

9条2項の「戦力」概念は、日本国憲法特有の法律概念であり、そのような概念として理解しなければならない。「僕は戦力という言葉をこう考えています」「私は戦力という言葉を聞くとこういうことを想像します」といったレベルの話は、憲法解釈論とは言えない。まして新設の但し書き3項が作られた後でも、「とにかく、何が何でも僕は戦力という言葉をこう解釈するので、憲法典が但し書きで何を言おうとそんなことは知ったことではない」というレベルの言説に固執しようとするのは、少なくとも憲法解釈の議論とは言えない。

これもやはり以前のブログで書いたが、但し書き3項が設定されれば、2項で禁止されている「War Potential」という「戦力」が、侵略戦争などの国際法違反を犯すための「戦力」であるという解釈が確定することになるはずだ。なお私自身は、この解釈は、しっかりと前文から日本国憲法を精読すれば、現在であっても自然に見えてくるはずの解釈だとも考えている。

ポイント2:但し書き追加に反対するのは政治的立場である

以上をふまえると、但し書き3項によって自衛隊の合憲性を明確にする提案に反対する立場は、法的見解をめぐる立場ではない、ということが判明する。それは、自衛隊の合憲性を明確化することに反対する、という政治的立場のことである。仮に、その立場をとっている者の職業がたまたま憲法学者である場合でも、そういう立場をとるという判断は、政治的立場をめぐる判断である。

ここまでをふまえたうえで、次に2項維持案と削除案を比較すると、次のようになる。

ポイント3:維持案のメリットは解釈の安定性にある

2項を維持する案は、「戦力ではない自衛隊」を明確化するという案である。言うまでもなく、従来の政府見解は、自衛隊は2項の「戦力」ではない、というものであった。したがって維持案のメリットは、従来の政府の立場を変更するコストを防ぎながら、自衛隊の合憲性を文言の上で明確化できることにある。従来の政府見解との整合性や、新たな位置づけを与えられる自衛隊を確立し直すコストを回避したいのであれば、維持案がよい。

ポイント4:削除案の意味は自衛隊の再構成にある

上記のメリットは、立場を変えると、デメリットになる。「戦力ではない自衛隊」という位置づけに不備を感じる場合に、2項を削除すべきだという意見になる。従来の政府見解を正すのであれば、2項を削除することが、わかりやすい。自衛隊を新たに国防軍として位置づけし直すのであれば、2項の制約はないほうが望ましいということになる。2項削除案のポイントは、現状の変更を恐れずに自衛隊の位置づけを再構成して国防軍の設置を求める、ということである。


編集部より:このブログは篠田英朗・東京外国語大学教授の公式ブログ『「平和構築」を専門にする国際政治学者』2017年6月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。