戦後の憲法学者が犯している致命的な過ちとはなにか!

尾藤 克之

写真はケント・ギルバート氏(KADOKAWA提供)

安倍首相が憲法9条改正と2020年の施行を目指す考えを表明したことに与党内が揺れている。さらに、具体的なロードマップを引いたことで、憲法改正は国民にとって最大の争点になりつつある。事実、憲法に関心を持つ人も増加傾向にある。憲法改正に関する書籍は数多く発刊されいくつかはベストセラーになっている。

今回は、米国人弁護士であり、タレントとして活動をする、ケント・ギルバート氏(以下、ケント氏)の近著『米国人弁護士だから見抜けた日本国憲法の正体』 (角川新書) を紹介したい。日本の歴史と政情に精通した米国人弁護士が、日本国憲法の出生秘話や世界の憲法事情を踏まえて改憲論争の核心に迫る内容に仕上がっている。

憲法成立の系譜を整理する

――「日本には憲法9条があるから攻撃されなかった」と主張する憲法学者や政治家がいる。しかし、韓国は日本に遠慮することはなく力づくで竹島を奪って占拠しているし、中国は尖閣諸島の実効支配のチャンスをうかがっている。

ケント氏はタカ派と思われがちだが、本書では改憲派に対して耳の痛い指摘もしている。その一つが自民党が発表した「日本国憲法改正案」になる。国際的な法律の見地から日本国憲法の系譜をたどり、いまの問題点について堂々と論じている点は興味深い。

「近代憲法の始まりはイギリスですが、そのイギリスには文章化された憲法典がありません。憲法の内容は制定法や慣習法、判例などから自ずと導き出されるので、憲法の文章化にこだわる必要がありません。たとえば、刑法の殺人罪が適用されるには、死体と凶器、殺意の有無といった適用要件が定められています。」(ケント氏)

「刑法に明文化されていなくても、過去の判例の積み重ねから、社会の常識として決まっているのです。つまり、社会の体制が、近代憲法の本当の姿なのです。条文ですべてを明文化することは不可能なうえに無意味なので、憲法典には比較的抽象的であいまいな表現が使われるのが一般的です。」(同)

――ケント氏によれば、近代法体系は「英米法」と「大陸法」の2つが存在するという。英米法は「社会の常識や判例の積み重ねが先例となって具体的な事件に適用される」。大陸法は「条文に明記された規定を重視しその規定が具体的な事件に適用される」。

「日本の法体系はどちらでしょうか。江戸時代までの日本は、『大岡裁き』が受け入れられる世界ですから、英米法に近い法体系だったと思います。明治以降の急速な近代化の過程では、大陸法を取り入れて法整備するしかありませんでした。大日本帝国憲法を日本が制定した理由は、幕末の不平等条約を改正するためです。」(ケント氏)

「日本が近代文明国家になったことを、憲法典を制定することで欧米諸国に『見せつける』必要があったのです。その結果、近代法についての考え方の基本が、条文の有無や文言に必要以上にこだわる条文至上主義になってしまいました。」(同)

なぜ憲法を改正しなかったのか

――条文至上主義はどのような影響を及ぼしたのだろうか。

「混乱をもたらしたのが、第二次世界大戦後のアメリカの占領政策です。法体系の中心に英米法の日本国憲法が座り、その下に大陸法の既存法体系がぶら下がることで、“ねじれ”が発生しています。そして、アメリカがつくった英米法の憲法典を、大陸法の考え方で解釈しようとしているのがいまの姿です。」(ケント氏)

「これは、明らかに戦後の憲法学者や弁護士、政治家たちの致命的な過ちでしょう。憲法9条2項には『陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない』と書かれているので、自衛隊は違憲だという主張は、その最たるものです。国を守るための国防の現実や社会の常識を一切考慮しようとしません。」(同)

――そのうえで、長らく政権政党の座にあった自民党の責任も重大だとしている。

「自民党は自らを改憲政党といいつつ、2005年の新綱領制定まで、『現行憲法の自主的改正』を、綱領よりも低い位置づけでしかうたっていませんでした。1960年以降は、安倍政権の誕生まで、実質的に憲法改正を考えていませんでした。改正が政治的資源を消耗させることを知っていたので、戦いを避けていたのです。」(ケント氏)

――なお、ケント氏は、民主主義の根幹とされる、「基本的人権の尊重」「言論の自由」に関しては、むしろリベラルな立場で論じている。「自衛隊は必要だが憲法違反だ」「憲法9条を改正することには抵抗がある」。そのような人にお奨めしたい。

参考書籍
米国人弁護士だから見抜けた日本国憲法の正体』 (角川新書)

尾藤克之
コラムニスト

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