2020年「明るい日本経済」を手に入れるための処方箋

尾藤 克之

写真は藤本氏(BSフジLIVE プライムニュース)

企業経営における戦略は、自社が進むべき方向性を規定する重要な指針として考えられている。しかし、戦略は極めて広範囲な理論でもある。時代によって解釈が異なることから、戦略の意味を根本的に取り違えている専門家も少なくない。まず、戦略の目的とは相手(競合)に勝つための手段として考えなければいけない。

今回は、経営学者であり、東京大学大学院経済学研究科教授としても教鞭をとる、藤本隆宏(以下、藤本氏)の近著『現場から見上げる企業戦略論』 (角川新書)、を紹介したい。戦略論にありがちな理論中心ではなく、「よい現場」(需要創造、利益確保、雇用確保)を志向する考え方は、多くの人に受け入れられやすい内容だと思われる。

新しい理論に振り回される企業経営者

「戦略」という概念を、一般的にしたのがクラウゼヴィッツの『戦争論』である。その後、2回の世界大戦を経て戦略論は深化する。1962年チャンドラーの「構造は戦略に従う」に影響された企業が「事業部制組織」に転換し、同時期にアンドフがチャンドラーと相反する「事業拡大マトリクス」を提唱する。この頃から戦略に注目が集まるようになる。

80年代、ポーターによって「競争の戦略」が提唱される。米国を中心に瞬く間にベストセラーとなり、MBAコースでは定番のテキストとして採用される。一方、日本では、組織行動をベースにしたコア・コンピタンスや、経営資源を活用することに主眼が置かれていた、リソース・ベースト・ビュー(Resource-Based View)が戦略の主流になる。

――ここまで戦略の変遷について簡単に説明したが、新しい戦略論が提唱されると、企業がそれに飛びつく傾向にあることが理解できるだろうか。本来は一面的なものの見方をせずに、多面的な物差しをもち態様を把握することが理想である。しかし、戦略整合性を志向している経営者ほど、新しい理論に振り回される傾向が強い。

「ビジネスでは、その多くは圧倒的な発信力をもつアメリカから伝わってきます。これまでも何度となく、『○○がビジネスを変える』という一面的な言説が流行し、多くの人が『○○をやらねば生き残れない』と追随することになります。ところがしばらくすると『たいしたことはない』という論調が登場します。」(藤本氏)

「そのうちに皆が『○○』を忘れてしまいます。こうした流行のサイクルが、過去に何度発生したことでしょうか。」(同)

「3Dプリンタ」は革命を引き起こしたか

――藤本氏によれば、近年の例にとれば「3D (三次元)プリンタ」が該当するとのことだ。果たしていまの状況はどうなっているのだろうか。

「一時期は『製造業に革命が起こる』『3Dプリンタで既存の製造業は競争力を失う』などとさかんに語られましたが、いまでは『ああ、あれは終わりましたね』という人が少なくありません。確実に3Dプリンタを使いこなしている企業や現場は存在しますが、もはや話題になりません。流行が終わったからです。」(藤本氏)

「私は流行を否定はしません。流行が来て流行が去れば、必ず何か『真水』の部分が残り、知識も、技術も、少し進歩します。そうした進歩はむろん良いことです。しかし不適切だと思われることもいくつか存在します。」(同)

――果たしてそれはどのようなことだろうか。

「一面的に魅力的な言説に飛びつき、熱狂した挙句に幻滅し、やがて忘却し、別の一面的な見方に飛びつくというバランスを欠いた一面的流行の繰り返しのことです。これは、ICTの世界にも同じようなことが言えます。我々は、物理法則が働く重さのある世界、生身の人間が人生を送る世界に住んでいるからです。」(藤本氏)

「そうした『重さのある世界』がもつ課題と、『重さのない世界』で発展するICT層の潜在力をいかに健全に結びつけていくかが、今後の大きな課題になるでしょう。」(同)

戦略を実行するのは人であるということ

――藤本氏は、すでに出てきたIoTというコンセプトについても次のように主張する。その本質はIoTではなく「現物から良い情報をとれ」ということであると。事実、トヨタやコマツなど日本の先進企業が進めているのは、この考え方のようだ。

「ビッグデータも『大量の良いデータ』(Big and Good Data)でなければ意味がありません。データを利用する工程も、それ自体の進化には人が関わるわけであり、そのすべてが無人化・完全自動化というわけにはいきません。重さのある世界とない世界、サイバーとフィジカルの位置づけも重要です。」(藤本氏)

「それは、全体をバランスよくつなぐことです。全体最適と全体進化を図るのが、今後の企業に求められる『デジタルものづくり』の“あるべき姿”と考えています。」(同)

――藤本氏は、「明るい経済」には「明るい現場」が伴うと主張する。「明るい現場」とは、能力構築も、需要創造も、利益確保も、雇用確保も同時にめざす「良い現場」であって、しかも多くの人が、元気に働く自分を想像できる場所のことであるとしている。これは企業経営における本質的な視点ではないかと、筆者は考えている。

そのうえで、製造業でも、非製造業でも「良い現場」「明るい現場」が増えていけば、我々がいまより明るい日本経済を手にする可能性は、決して小さくはない。本書で紹介する戦略は、マッキンゼー7SのソフトSを意識した内容といえばわかりやすいだろうか。多くのビジネスパーソンに共感されるであろう「夢がある戦略論」は必見である。

参考書籍
現場から見上げる企業戦略論』 (角川新書)
※本記事用に本書一部を引用し編纂した。

尾藤克之
コラムニスト

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