AI時代のメディア論…「豊かな娯楽」への抵抗

夏休み中でも学生からチャットで様々な連絡が届く。

7月、メディア業界に就職したばかりの卒業生は、すでに仕事に対して疑問を持ち始めた。秋の第19回共産党大会を控え、多少なりとも政治に触れるテーマは取り上げることが禁じられる。果たして自分にとって価値ある仕事なのか、答えが見つからない。別の会社の面接を考えているという。両親は自分の好きなようにしていいと支持してくれているが、これ以上、経済的な負担はかけたくない。

企業でインターン中の新4年生は、自分だけが暇で、時間を浪費しているように感じている。インターンは必修科目でもあり、就職につながる機会でもある。このままではみなに遅れを取るのではないか。不安なのだ。他の同級生と同様、3年間ですでに全単位を取得した。最後の1年は就職にかける。まるで大学が職業専門学校に変わってしまったように感じている。

実家の農村に戻って夏休みを過ごしている学生は、将来に備え、自動車の教習所に通っている。どこへ行っても、友人とおしゃべりをするのに携帯は欠かせない。だが先日、祖父母の前で携帯をいじっていて、話しかけられているのに気づかなかった自分を反省した。老人を無視したことで、不孝者のレッテルを貼られるのではないかと恐れている。まだ伝統的な観念が強いのだ。

かつてないスピードで社会が動いている。携帯のソフトは日々アップグレードし、新しいニュースが次から次へと消費されていく。先生からは読書しろと言われる。だが、とても落ち着いて分厚い本を拡げていられるような雰囲気ではない。更新されていくサイトのページを追うことで精いっぱいなのだ。歴史や経験の重みが失われ、迷信からは解放されたが、伝統や価値観が同時に流出し、不安におびえている。わらでもすがりたい気持ちになる。

学生の一人から、ネットで話題になっている社会批評の文章が送られてきた。筆者は、町中で見かけたある光景について考える。中国の大都市で大ヒットのミルクティー店「喜茶」に行列ができている。何時間も並んで待つという。その間、何をしているのかと思えば、9割以上は人気の電子ゲームソフト「王者栄耀」で遊んでいる。


マクルーハンは、我々は道具をつくり、道具が今度はわれわれを形作っていると言った。消費娯楽文化は我々のために鳥かごをこしらえ、我々は心から満足して、一歩一歩中に入っていく。

マクルーハンの言葉を引用した後、筆者は1995年9月から10月にかけ、ゴルバチョフ財団がサンフランシスコで開いた国際会議に触れる。サッチャー元英首相やブッシュ元米大統領ら政治経済のリーダー500人が集まり、グローバリズムについて議論した。世界の富が2割の人口に集中し、8割の人々は片隅に追いやられている。この現状を放置すれば、格差が深刻な対立に発展するとの危機感がある。

そこで、カーター政権で国家安全保障問題担当補佐官を務めたブレジンスキーが、8割の人間の口を乳首(titty)でふさぎ、受けのいい娯楽ニュースを与え、徐々に戦いの熱意や欲望、思考能力を失えばいい、と提唱する。自主的な思考や判断能力を失えば、やがてはメディアが代わりに考え、判断してくれると望むようになる、というわけだ。これは「titty」つまり栄養と、「entertainment(娯楽)」を合わせて、「tittytainment(=豊富な娯楽)」戦略と呼ばれる。

この戦略については初めて知った。筆者は、ミルクティーと電子ゲームの組み合わせを「tittytainment」の典型として挙げ、「目下ところ、この戦略は成功している」と述べる。衆愚を利用した専制に等しい状況だ。専制は、ある時、急に上から降りかかってくるものではなく、日々の生活の中から無自覚の中で育っていく方が恐ろしい。

やがて、ミルクティー店ではAIが製品を作り、レジに立っていることだろう。AIの恩恵で余暇を余した人々が、娯楽にはけ口を求め、飽くことのない消費に溺れるとしたら、将来は決して楽観できない。思考と判断を他に委ねれば、重荷から解放され、安逸をむさぼることに熱中できるだろう。つかの間の不安からも逃れることができるだろう。だが、誘惑に負ければ、大きな代償として自由と独立を失う。それは為政者にとって、願ってもない予想図なのだ。

人間は自ら作った技術によって、自分たちを作り直すことになる。メディアに服従すれば、主人公の地位は放棄したことになる。いかにメディアに参画し、身の丈に合ったものに育てていくか問われている。電子ゲームの時間を半分削り、読書に自足する余裕を持つだけで自由と独立を守れるのであれば、十分割に合うはずだ。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年8月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。