「いまさら」反小池に舵を切った朝日新聞の社説裏読み

2017年09月05日 06:00

東京都庁サイトより引用

朝日新聞がやっと「反小池」に舵を切った?

朝鮮半島情勢の緊迫化で、小池都政への注目度がすっかり落ちたこの頃だが、オンラインサロン「ニュース裏読みラボ」受講者との意見交換でも昨晩取り上げたので、朝日新聞の小池都政報道を少し検証しよう。きのう(9月4日)の朝日新聞の社説は、小池氏を取り巻くメディアの風向きを読む上で将来、ターニングポイントとして評価されるかもしれない。

(社説)豊洲市場問題 誠実さ欠く知事の対応:朝日新聞デジタル

朝日新聞の論調が「変化」したのは、小池都政について取り上げた前回の社説、就任1年目を迎えた8月2日付の朝刊と比べてみると分かる。

(社説)小池知事1年 真に「開かれた都政」を

この時点での社説は、政策議論のプロセス開示が不十分で「新しいブラックボックスをつくるな」という文脈から批判していたが、いわば「苦言」レベルだった。「開かれた都政を」という見出しでも分かるように、まだ前向きなトーンが残っていることからも分かる。それが4日社説の見出しは、「誠実さ欠く」となっているように、反小池路線に舵を切り始めているのは明らかだろう。

「いまさら」小池批判に感じる“ご都合主義”

しかし、批判トーンを上げた朝日新聞の社説の中身について見てみると、いまひとつ腹落ちしない部分もある。

一読すれば、小池女史の市場問題に対する「築地は守る、豊洲を活かす」という一連の対応を手厳しく批判していることはわかる。が、不可解なのは、その方針を発表したのは、都議選前の6月20日のことで、すでに2か月以上も経過していることだ。

当時から、ここアゴラを始め、さまざまな有識者からも、実現性や採算性を疑問視する声が出ていた。社説では、零細企業が多い仲卸に対する配慮に欠けていることも指摘して、「最近の」知事の言動を取り上げてはいるものの、社説で書いている内容の柱の部分は、6月の時点で、わかりきっていたのではないだろうか。いまさら苦言めいたことを書く朝日新聞の方も、「誠実さを欠く対応」に見える。

小池都政のポピュリスト手法に批判的な私でも、朝日新聞の社説に強い疑念を感じるのは、政策的な中身や市場問題は「口実」であって、朝日新聞のいつものご都合主義からして、小池女史が“用済み”になりつつあるからではないかという気がしてならないからだ。

すなわち、6月の時点での批判トーンを抑えていたのは、市場問題での小池都政批判を繰り広げていた自民党を利したくないという「思惑」もあったのではないか。無論そこには、都議選で都民ファーストの会が快勝すれば、憎っくき安倍政権に非常に手痛い打撃を与え、あわよくば政局を作り出す可能性を視野に入れていてもおかしくはない。

実際、都議選開票翌朝の社説では、地方議会の選挙でありながら、「安倍政権への審判」だったと断じていることからも、そうした思惑が裏にあったことをにじませる。

(社説)都議選、自民大敗 政権のおごりへの審判だ

宇佐美典也さんと対談した新刊『朝日新聞がなくなる日 – “反権力ごっこ”とフェイクニュース』では、朝日新聞のご都合主義を指摘したが、小池知事に対する取り上げ方についても言及した。詳しくは新刊をお読みいただきたいが、宇佐美さんの分析では、本来の都知事は、中堅国家並みの予算を持つ巨大行政のかじ取り役でありながら、「権力VS反権力」という朝日新聞的な旧態としたフレームワークにはめ込むと、“権力者である安倍首相と健気に戦うヒロイン小池女史”という文脈が透けて見えてくる。

“反小池”に転じる口実となったアノ問題

しかし、都議選が終わり、朝日新聞の“期待どおり”に安倍政権が窮地に追い込まれると、朝日新聞にとって小池女史の利用価値は半減した。権力者である都知事を監視するという「本来任務」に戻ったわけだが、そうは言っても、急にヒロインを悪者扱いするには、口実がいる。

そんな状況にあって夏の終わりを迎える頃、朝日新聞をはじめとするリベラルメディアにとっては格好の切り込みやすい事案が浮上した。いわゆる関東大震災の朝鮮人犠牲者に対する追悼文中止問題だ。

小池氏、追悼文中止へ 関東大震災、朝鮮人犠牲者 市民団体式典:朝日新聞デジタル 

実は最初にこの問題を報じたのは、朝日新聞よりも“左側”にいる東京新聞の特ダネだった。朝日新聞の都庁担当記者としては1日遅れての追いかけ記事掲載とはなったが、悔しさを感じながら報じたであろう現場記者のレベルはともかく、都議選後の小池氏との距離の測り方を模索していた朝日新聞の上層部にとっては、リベラルの読者に理解を得やすい“大義名分”ができたともいえる。

実際、この問題が起きてから朝日新聞は、「震災とデマ」をテーマにした9月1日付の社説でも取り上げ、同じ日の紙面で、「いちからわかる!」という子ども向け(?)の解説記事までご丁寧に作る力の入れようだった。

以上、朝日新聞の「反小池」報道の本気度を検証してみたが、仮説としては「反安倍」文脈における「敵の敵は味方」としての利用価値がなくなった側面があるといったところだ。

しかし、ここでもう一つ疑問なのは、小池氏もそんなことは分かっているであろうことだ。なぜリベラル系のメディアが「不快」に思うであろう「追悼文中止」を敢えてやってきたのか。それは朝日の社説が書くように都議会で多数派を形成したことによる「おごり」といったショボい分析では済まないと思う。

私なりに政局的な文脈で分析してみたところ、時宜を得た面白い仮説も浮かんできたが、このあたりは別の機会に譲り、あるいはオンラインサロンでの受講生との討議も重ねたいと思う。

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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長/NPO法人ICPF 情報通信政策フォーラム理事

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