ムハンマド皇太子はサウジの “ゲーム・オブ・スローンズ”

岩瀬 昇

ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(左、Jim Mattis / flickr:編集部)

週末に、ムハンマド皇太子を長とする反腐敗委員会が設置され、すぐに多くの王子、大臣、経済界のトップたちが汚職疑惑で逮捕された、とのニュースが流れたとき、「大振動の前触れ? 専門家の解説が聞きたい」とFBに書いた。直後に、ミトイブ国家警備隊長官たちが更迭された、と報じられたので「反腐敗運動で王子、大臣クラスも逮捕、との報に続き・・・ザワザワ」とコメントした。この時にはミトイブ王子も逮捕された、との報道はなかった。

それが、それが、である。

国軍よりも強力では、との情報もある国家警備隊を率いるミトイブ王子も逮捕された、となると、ムハンマド皇太子がすべての権力を握り、考えうる政敵(?)を一掃した、ということになる。

現在のエネルギー市場が抱える最大の地政学リスクは、サウジの現行国家統治体制がビジョン2030推進と両立しうるのか、にあると筆者は判断しているだけに、はたして今回の動きは非常に重要だ、と考え得る。

サウジの国家統治制度を安泰にするものなのだろうか? いや、逆に崩壊のリスクが高まったと見るべきなのか?
悩ましいところである。

さて、FTの外交問題担当編集者であるデービッド・ガードナーが “Mohammad bin Salman aims to win Saudi game of thrones” と題して報じている記事(around 2:00am on 6th Nov. 2017)の要点を紹介しておこう。なお、サブタイトルは “The young prince is using a breathtaking series of arrests to consolidate his power” となっている。

なお、”ゲーム・オブ・スローンズ” とは、米HBOが2011年からシリーズもので制作、放映している、中世ヨーロッパと思しき舞台で繰り広げられるファンタジードラマだそうだ。

・サウジの事実上の支配者である若き皇太子は、週末に11人の王子、30人以上の政財界のリーダーたちを一斉逮捕し、絶対権力把握に向け新たな一歩を踏み出した。

・この逮捕劇は、サルマン国王が反腐敗委員会を設置した直後の出来事で、土曜日遅くにサウジ国営のニュース・チャンネルであるアル・アラビヤが報じた。

・今回、網にひっかかった人物の中には、きらびやか億万長者のアルワリード・ビン・タラール王子や、国家警備隊長官のイトイブ・ビン・アブドラ王子がいる。さらに、故ファハド国王の義兄弟であるメディア男爵(アル・アラビヤも所有している)シェイク・ワリード・アル・イブラヒムもいると伝えられている。

・アルワリード王子は、Twitter、Apple、Citigroup、News Corpなどの大株主で、市場を動かす力を持っている。さらにホテル、テーマパーク、衛星テレビ局なども所有している。時に、政府の政策をも批判する投資家として世界的に有名である。

・ビジョン2030を推進しようとしている時に、このように著名人が一斉に逮捕されたことは、サウジの投資環境に疑問を投げかけることになろう。

・サウジの脱石油化社会改造を目指す「ビジョン2030」では、非石油収入を2015年の400億ドルから、2020年までに4倍に、2030年までにはさらにほぼ倍増する目標だ。

・この目標が達成できるかどうかは、現在の社会契約、すなわち政治権力を放棄する代わりにゆりかごから墓場まで国家が面倒を見る、という仕組みを止めることができるかどうかにかかっている、という懐疑的な見方が存在するが、皇太子の野心には疑問はない。

・サルマン国王がMbSと呼ばれている皇太子に対し、2015年に国防、外交に加え、経済戦略および石油政策の決定権限を与えてから、MbSは、既得権を持つ内部のもの(王族のこと?)や高官たちが不正を働き、汚職をし、国家から何十億ドルをも吸い上げている、という不平不満を聞いてきた。「汚職をするものは何人たりとも、たとえ大臣であろうと王子であろうと、逃げることはできない」と彼は今年、テレビのインタビューで語っている。

・だが、週末の息をのむような一斉逮捕劇は、重大な政治的目的に基づくものとみえる。今年6月の宮廷クーデターにより、いとこであり老練な内務相でもあった前皇太子のムハンマド・ビン・ナイーフを追放してから、サウジ・ウオッチャーたちは、同じように力を持つミトイブ・ビン・アブドラを追放するのは時間の問題だろう、と判断していた。

・ミトイブ王子は65歳、故アブドラ国王の子息で、単に次期国王の可能性の高いライバルというだけでない。彼が(彼の前には父が)支配する装備の行き届いた国家警備隊は、今年夏に内務省傘下の軍を掌握して以降、中立化させる必要があったもう一つの軍隊なのだ。王国の入り組んだ部族ネットワークにより設立された国家警備隊は、皇太子と王座のあいだに横たわる、おそらく最後の、自立した権力基盤なのだ。

・週末のこの重大な出来事は、81歳のサルマン国王がMbSのために退位する準備を進めるだろうという憶測を、間違いなく再び熱狂的に巻き起こすことになろう。

・すべての人々の目は、今もなお王座に注がれている。


編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年11月6日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。