定年退職後に起きる「夫源病」の治療法

小さな行動で妻のストレスも解消

仕事で知り合った知人と時々、会食しています。お互いに退職者なので、社会観察や日々の暮らしなど、話は多岐にわたります。その人は「1日に1度は外出し、人を訪問することを日課にしている」というのです。「毎日ですか。それはえらいことですね」から話が始まりました。地域活動を通した社会貢献でもあります。

全国規模の団体・組織の幹部を務めた人です。「以前は熱心な仲間だったのに、最近は疎遠になっている方を探し、訪ねるのです」と、おっしゃいます。あるケースでは、ご主人が4月に会社を退職し、奥さんに「42年も働き詰めだった。これからゆっくり家で休ませてもらう」と宣言し、ごろ寝、テレビ漬けの毎日が始まりました。

その奥さんから相談を持ち掛けられました。「人と話すのが嫌いで、外出はしない。家事は手伝わないのに、3度の食事にうるさく、今日のおかずは何だと必ず聞いてくる。月に2回、友達と楽しくランチをしていたのに、それもかなわなくなった。いい加減にしてよと、ストレスが高じている」との訴えです。

夫の言動で妻が変調をきたす

最近、よく聞くようになった「夫源病」(ふげんびょう)の一種です。夫の言動がきっかけで妻がストレスに悩むようになる。頭痛、めまい、吐き気から始まり、病院にかからなければならなくなるケースも少なくありません。何年か前、ある大学教授がそうした症状を総合して「夫源病」と名付けました。

きっかけはいろいろでしょう。真面目に何十年も会社務めで通し、定年で退職して、家にこもりがちになる60歳代から多く見かけられるようになる。「定年退職病」ですか。「夫源病」の一つでしょう。

知人は、奥さんからこうした悩みを聞かなかったことにし、家庭訪問の際、ご主人とじっくり話込みました。明らかにイライラしています。ばりばり働いた現役時代と比べ、不完全燃焼の日々に原因があると診断しました。

知人はそこで提案します。「私と一緒に家庭の外にでてみましょう」と。家庭訪問に週3日、同行してもらうことにしました。経済的に暮らしが苦しい、病気がちで健康がすぐれない、対人関係がうまく作れない、などいろいろな悩みを抱えている相手が多かったようですね。

他者の話に耳を傾ける

わずか2週間の同行訪問で、不完全燃焼だったこの方の顔色が変わり、生き生きと輝いてくるのが分かりました。「人と話す、人の話を聞くということがどんなにか大切で、喜ばれるということがよく分かった」といいます。立派な社会貢献、地域貢献です。他人の話を聞くことでわが身も知り、自分も変わってくる。奥さんからも「私のストレスもなくなりました」と、感謝されました。

今の時代はネット情報化社会です。遠くの人、見知らぬ人、つながりのない人とも、無限に際限なくコミュニケーションがとれるようになりました。時代や社会の動きを伝える膨大な情報に瞬時に接触できます。その一方で、身近な人のことがよく見えなくなっている。「夫源病」などはその一例でしょう。

神奈川県座間市のアパートで若い9人が殺害する事件が起きました。ツイッターへの投稿が殺人事件に至ったのです。そんな時代反映してか、自殺予防のために、悩みを聞いてあげる「いのちの電話」へのアクセス件数が増えているといいます。昨年は68万件もの相談があり、人手が足りなくなっているそうです(毎日新聞、11日)。

話を聞いてほしいのに、親身になって聞いてくれる人がいない。私の知人のように、相談に乗ってほしい人を自分の足を使って訪ね、肉声の会話を重ね、相手の心の中を見つめる。人とのつながりで他者を支えていく。ますますこうしたコミュニケーションが必要になっているように思います。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年11月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。