巨大な朝日新聞に個人や弱小版元を抹消させてなるものか

2017年12月27日 15:00

朝日新聞社の小川榮太郎氏と飛鳥新社に対する訴訟だが、この本そのものが問題なのではなく、飛鳥新社が発行する月刊Hanadaの一連の記事での朝日新聞批判や、小川氏が創設した「視聴者の会」というテレビの中立性維持を呼びかける会の活動が怖くて、それを抑えにかかったのだと思う。

驚きは5,000万円という損害賠償額である。これは、名誉を回復したいということが目的でなく、小川氏個人や飛鳥新社そのものを抹消すること、さらには、個人や弱小出版社などが、朝日新聞を始めとするマスメディア集団を批判すること自体をやめさせようとすることが狙いとしか合理的には理解できないのである。

少なくとも日本社会では、普通の生活を送っている限り訴訟されることは少ない。しょっちゅう裁判を抱えている人にとってはそんな苦痛でないかもしれないが、訴えると言われたらびびってしまう。また、経済力がなければ最終的には勝てても、さしあたっての裁判費用は耐えがたい。

それを見越して、社会的にみて比較強者が、弱者を相手に恫喝・発言封じなどの威圧的、恫喝的あるいは報復的な目的で 起こすものをスラップ訴訟という。あるいは、リーガルハラスメントという言い方も出てきている。

普通は公権力や大企業、富豪がするものだが、マスメディアだって大企業だ。あるいは、権力をもたなくても、法曹関係者などでも同じで、格闘技の選手が腕力勝負をちらつかせるのと同じ事で素人を相手に訴訟をちらつかせるべきでないと思う。

実際に言論活動をしていてもそのあたりは、深刻な問題で、大富豪で訴訟好きといわれる政治家には、思わず、筆先がにぶることがあるのは正直に告白せざるを得ない(もちろん黙っているのは嫌だから、そういう相手に隙があれば他の人に対するより厳しい批判をして埋め合わせをするが)。さらに、今回の場合には、朝日新聞は小川氏や飛鳥新社側の言い分も含めて報道しているが、小川氏の言い分も都合が良いようにまとめて報道している。

報道機関としては、訴訟を報道として掲載するなら公平な立場で報道すべきだ。朝日新聞は自社の事業を紹介するときは、少なくとも報道機関としての矜持をもって一定の客観性をもって報道していると思うが、今回の報道は、自己正当化に傾きすぎた報道に終始しているように見える。そういう意味で、今回の事件は、小川氏の本に対してだけの攻撃と思わずに、言論の自由全般への攻撃ととらえて応援しなくてはいけないと思う。

セクハラやパワハラでも強いものが弱い物に対して行うのから問題なのだと朝日新聞のような自称リベラル系メディアは標榜してきたのでないのか。

強大な朝日が飛鳥新社や小川氏に一罰百戒を超えて相手を抹消しようというような金額の訴訟をするのがパワハラでなくてなんであろうか。リベラルや左派の立場に立つ人もこの朝日の動きに立ち上がらないなら、リベラルなんて二度と言って欲しくない。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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