小室哲哉引退:芸能人の不倫報道に公益性はあるか?

新田 哲史

Wikipediaより

音楽プロデューサーの小室哲哉氏が19日、都内で記者会見を行い、引退を表明した。「この騒動のけじめとして引退を決意した」と述べているように、きっかけは週刊文春の不倫疑惑報道だった。昨日までのワイドショーの報道を見た時点で、文春の取材に引退を示唆する発言をしており、想定の範囲内ながら悲しい結末を迎えてしまった。

潮時を探っていたことはうかがえるが、今回の騒動で音楽生命を縮める結果になったのは間違いない。小室ファミリーが絶頂期だった90年代後半に青春時代を過ごした世代の一人としては、このような形で幕引きをするのは残念でならない。すでに芸能関係者などからも、週刊文春が小室氏を引退に追い込んだことを批判する意見が相次いでいる。

芸能人のスキャンダル報道に公益性はない

近年「文春砲」の名を轟かせてきた週刊文春だが、芸能班が掘り当てた芸能人のスキャンダル報道で存在感を急浮上させたといっていい。以前、関係者に聞いた話では、廃刊になった写真誌などからのエース級の人材が移籍したことで活性化しているそうだ。

しかし、当たり前のことだが、著名な芸能人といえども明白な違法行為(や疑い)に関するものでなければ、公益性はない。かつて文春砲の“餌食”になった宮崎謙介元衆議院議員の「ゲス不倫」報道は、公職者としての人格が問われても仕方がなかったが、芸能人の場合は知名度を問わず、プライバシーは保護される。

実際、出版社を提訴した芸能人が勝訴するケースもある。恋愛スキャンダルではないが、最近では、自宅で病気療養中だった中森明菜さんが「女性セブン」に隠し撮りをされ、発行元の小学館とカメラマンを提訴。東京地裁が両者に550万円を支払うよう命じる判決を下した。

中森明菜さんが勝訴 女性セブン隠し撮り写真掲載で 「芸能活動再開に影響も」と指摘(産経新聞)

芸能界の法的問題に詳しい弁護士の見解を見ても、法的な問題は明らかだ。以前、アゴラで対談記事を掲載した佐藤大和弁護士も、その手の報道に関する公益性を否定している。

それでも、週刊誌や発行元の出版社がプライバシーを暴く報道をしてしまう背景として、佐藤弁護士は次のことを指摘する。

「裁判を起こせば、『扱いにくい芸能人』というレッテルが貼られてしまう可能性が高い。ネガティブなイメージがついてしまい、CMやテレビ出演も制限されてしまう。裁判中の芸能人を積極的に起用するようなスポンサーなどいません。だからこそ、一部のマスコミはそこにつけ込んでいるのでは」出典:芸能スクープの“イキすぎた取材・報道”は違法なのか? 弁護士・佐藤大和の見解 | 日刊SPA!

ましてや不倫疑惑のように後ろ暗いケースでは、訴えたところで社会的に批判を浴びてしまうだろう。小室氏も騒動の責任から引退を表明したことで(不倫は否定)、週刊文春を訴える可能性は低いとみられる。

しかし、文春がタカをくくっていられるかといえば、私は微妙だと思う。ここ数年、芸能人の法的権利について社会的に関心が高まっている。折しも、けさの朝日新聞では、先述の佐藤弁護士が取り組んでいる芸能人の移籍トラブル解消に関して、公取委の動きが報じられたばかりだった。

芸能人らの移籍制限「違法の恐れ」 公取委、見解公表へ(朝日新聞)

芸能人の権利保護もタブーでなくなったネット時代

私見ながらメディア環境の変遷という視点で考えると、かつてなら大手事務所と芸能人のトラブルが起きても、テレビは取り上げず、週刊誌が騒ぐ程度でマスコミ的にはある種の“タブー”となり、社会的関心が高まりにくかった。しかし、ネットが普及し、SNSで誰もが発信し、あるいは世論形成の一角にウェブメディアも参画する時代になってきて、これまで、批判の声が可視化されなかった週刊誌に対しても矛先が向けられる時代になっている。専門家が問題提起すれば、マスコミが取り上げずとも、政治・行政を動かすこともできる時代になってきた。

小室氏の不倫騒動については、疑惑をもたれるような行為をした責任はたしかに本人にあるし、そのこと自体は擁護するつもりもない。しかし、自らも病気に倒れ、一回り年下の妻の看病が続き、プライベートが過酷になる中でも創作活動を続けなければならなかった経緯については、一部では同情する世論もあるかもしれない。ここまで書いてきたメディアの問題だけでなく、今後、少子高齢化のなかでのDINKS夫婦のリスクや、介護の問題といった社会文脈でも「小室引退」は語られていくのだろう。

平成を代表する音楽プロデューサーの幕引きのあと、新しい時代で芸能人のプライバシー保護に向けた法規制が強まるのかどうか。文春砲の一撃が、取材が法的にがんじがらめになる、思わぬ逆風をジャーナリズムに呼ばねばいいが…。