東京βにみるエネルギー

速水健朗さん「東京β」。
映画、テレビ、小説、マンガなど戦後の作品から切り取る東京像。2020東京は、その延長にあるのか、ないのか。次の東京を描くコンテンツは何か。ワクワクと感じながら、読みました。

まず、川島雄三1962年監督「しとやかな獣」をスケッチ。
晴海団地の高層アパートに、元海軍中佐の父(伊藤雄之助!)を柱にうさんくさい4人家族が優雅な暮らしを演じる。戦後日本人の新しい生活を皮肉る。本書がこの作品から始まるのは、β感が濃くて実によい。

「しとやかな獣」は、70年代後半、二次オイルショックのころ、ぼくがいつものように高校をサボってアパートでテレビをつけていたら、昼前にオンエアされて初めて見た映画。
自分が生まれた時分の東京の、自分がいるのと似たアパートに立ち込める歪んだエネルギーに、言い知れない不安を覚えました。

それはいずれ自分もそんなエネルギーを発する磁場に出向くのかなぁという、田舎者が何者かになるには上京するしかない時代の高校生が抱く普通の気だるさでした。
だけど、平日の午前中にそんな妖しい映画を地上波がかけていたのは、ある意味、豊かでした。

「しとやかな獣」と対比させるのが森田芳光1983年「家族ゲーム」。
東雲の都営アパートが舞台です。前者は戦争、貧困という不安を描きましたが、後者は進学、夫婦仲、いじめという不安です。戦争の不安と、平和の不安。大きな不安と小さな不安。いずれも湾岸が舞台でした。

そのころは既に東京のシンボルは東京タワーでした。が、東京βはそれ以前の高層シンボルである工場の煙突に着目します。
小津安二郎作品にはよく登場しますよね。1936年「一人息子」には埋立地から見る煙突が、1953年「東京物語」には江東区の工場の煙突が現れます。戦争をはさみ、東京は煙突の街でした。

東京タワーはよく壊されます。東京βによれば、最初に破壊した怪獣は1961年「モスラ」で、次いで64年「三大怪獣 地球最大の決戦」のキングギドラ。しかしゴジラは2003年まで壊していないそうです。ゴジラは50年がまんしたんですね。

ウルトラQでは66年「ガラモンの逆襲」で、セミ人間に電波で操縦されたガラモンが破壊します。電波塔を電波が襲うのです。恐ろしいです。

東京タワーだってがんばります。東京βに記述はありませんが、ウルトラQ「2020年の挑戦」で人間の肉体を奪いに来たケムール人は、神田博士の発明したXチャンネル波を東京タワーから発射されて倒れ、消滅します。電波塔が電波で人類を救うのです。

「東京氷河期」ではペギラが東京タワーを凍結しましたが、ゼロ戦の名パイロットからアル中に身を落とした沢村照男がセスナで特攻して、東京を救います。ゼロ戦からのアル中は、しとやかな獣の父にだぶる、戦後20年の点描。

ところでガラモンは電波が途絶えると口から粘液や泡を吐いて目を閉じます。電波を受けたケムール人は頭頂部からピュッと液体を滴らせて消滅します。電波系は最期が汚い。しかし特攻を受けたペギラはきれいに消えます。 東京βとは関係ありませんが。

東京タワーといえば岡崎京子。本書は「繁栄と消費の帝都である東京がきっとフェイクであると自覚していた岡崎京子」「いつか終わる繁栄と消費の帝都、だからこそ楽しむべき現実という2つの意味で東京タワーを描いてきた」と鋭く分析しています。

岡崎京子「東京ガールズブラボー」。80年代、北海道から上京した主人公のセリフ「ふしぎふしぎ東京タワーって みてるだけで元気になっちゃう」。バブルに至る80年代の勢いを仮託したのですね。

ところで東京ガールズブラボーには、主人公が少年ナイフ「バナナリーフ」を口ずさむシーンがあります。そこだけちょっと大阪が出現しまんねん。

東京βは80年代を解釈する題材として、沢田研二「TOKIO」を挙げます。YMOも「テクノポリス」でTOKIOとつぶやきました。「西洋の視点、つまり異文化として見た東洋世界を自らが演じるといった屈折したオリエンタリズムとでもいうべき東京=TOKIOの再解釈」だと。

東京ではなくTOKIOと記すことで、西洋から見た日本という読み替えを行う必要があった、というのです。西洋に追いついた日本を自己規定する行為がTOKIOだと。クールジャパンが海外からやってくるのはそれから20年後のことです。

写真家・大山顕さんの日本橋の見方として、水運インフラとしての日本橋川、街道インフラとしての日本橋、昭和の大インフラ・首都高、地下の銀座線、全4層の都市構造という視点を紹介しています。なるほど、江戸から昭和にかけてのインフラの重畳だと。

悪評高い首都高の景観を、64年五輪に向けてエネルギーにあふれた日本人の魂だと指摘します。なるほど、そう捉え直すほうが自然ですね、半世紀を経た今は。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2018年2月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。