スロバキア「ジャーナリスト殺人事件」

長谷川 良

オーストリアの隣国スロバキアで先月25日、著名なジャーナリストが婚約者の女性(Martina Kusnirova)と共に自宅で銃殺されているのが発見された。犠牲者は政治家や実業家の腐敗や脱税問題を調査報道することで国内で良く知られていたヤン・クツィアクさん(27)だ。警察のティボア・ガスパール(Tibor Gaspar)長官は26日、事件はクツィアクさんの取材活動と密接な関係があるとの見方を明らかにした。

▲犯人逮捕に繋がる情報提供者に報奨金の提供を発表したフィツォ首相(スロバキア政府公式サイトから)

▲犯人逮捕に繋がる情報提供者に報奨金の提供を発表したフィツォ首相(スロバキア政府公式サイトから)

犠牲者はジャーナリストと婚約者の2人で、犯行現場は西部スロバキアの小村 Velka Maca の自宅。弾丸は頭部と心臓に的中していることから、犯行はプロの殺し屋の可能性がある。同時に、ジャーナリストを銃殺することで、調査報道するジャーナリストへの警告も含んでいると受け取られている。

事件が報じられると国内では大きな衝撃が広がった。スロバキア各地で26日夜、多くの人々がクツィアクさんの写真の前でローソクを灯して慰霊する姿が見られた。

同国のロベルト・フィツォ首相は犯人逮捕に繋がる情報提供者に100万ユーロの報奨金を提供すると発表し、殺人事件の全容解明に全力を傾けると述べている。

殺されたヤン・クツィアクさんはドイツ・スイス系のニュースサイトに所属。同記者の書きかけの記事「スロバキアのイタリア・マフィア」によると、スロバキア東部に拠点を置くイタリア系マフィアがスロバキア政府の上層部と連携し、欧州連合(EU)の補助金をだまし取っている疑惑があるという。フィツォ首相の個人秘書マリア・トロスコバ女史は以前、イタリアの会社に勤務し、マフィアと関係があったという。

現地の報道によると、この「イタリアのマフィア」とは同国南部カラブリア州を拠点とするンドランゲタ(Ndrangheta)と呼ばれる犯罪組織だ。ンドランゲタは欧州全土、全米、オーストラリアなど世界全域で暗躍している。
なお、イタリアでは、ンドランゲタの他、カモッラ、コーサ・ノストラなどの大マフィア組織が幅を利かしている。マフィア・グループが年間稼ぐ収益はイタリアの国民経済を陰で支えているといわれるほどだ(「伊『マフィア』はテロを防いでいる!」2016年12月27日参考)

野党関係者は「ジャーナリストが脅迫されていたことを知りながら、彼を守ることが出来なかった」とガスパール警察長官とロベルト・カリナク内相を批判し、辞任を要求している。
ちなみに、スロバキアのマレク・マダリック文化相(Marek Madaric)は28日、「ジャーナリストが殺害されたことに文化相として責任を負う」として辞意を表明している。

欧州では昨年10月、マルタでタックスヘイブン(租税回避地)の実態を暴露した「パナマ文書」の内容を報道した女性ジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチアさん(53)が車の運転中、仕掛けられた爆弾が爆発して殺された。政治家の腐敗や汚職を暴露してきた著名な報道ジャーナリストだったカルアナガリチアさんは「マルタのムスカット首相の妻らがパナマに会社を置く形で、資産を隠していた」との疑惑を報じていた。ムスカット首相は昨年12月4日、容疑者の10人を拘束したと発表している。

ブラチスラバのジャーナリスト殺人事件の調査が進み、事件の背景が明らかになれば、スロバキア政界が大揺れになる可能性が予想される。EU委員会と欧州議会は事件を深刻に受け止め、スロバキアへの補助金(農業分野)の流れについて調査を実施する予定だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。