伊「マフィア」はテロを防いでいる!

長谷川 良

フランスやベルギーでイスラム過激派テロが頻繁に発生していた時、「なぜドイツではテロ事件が起きないのか」といわれたものだが、今年の夏、テロが発生し、クリスマス6日前の今月19日にはベルリンで12人の犠牲者が出た「トラック乱入テロ事件」が起きたばかりだ。残念だが、ドイツは、欧州最大のイスラム教徒を抱えるフランスやベルギーと共に、イスラム過激派テロのターゲットとなってきた。

▲テロの標的の一つ、バチカン法王庁(2011年4月、撮影)

▲テロの標的の一つ、バチカン法王庁(2011年4月、撮影)

ところが、ここにきて「なぜイタリアでテロ事件が起きないのか」という声が聞かれ出した。欧州共通通貨ユーロ圏の第3の経済国であり、ギリシャと共に欧州文化の発祥の地だ。その国でなぜかテロ事件が起きていない、という問いかけは看過できない。

イタリアでは1970年代から80年代にかけ極左・極右系のテロ組織が政府要人の誘拐・殺害や爆弾テロ等、年間2000件を超すテロ事件を引き起こしたが、ここにきてイスラム過激派テロ組織によるテロ事件は起きていない(日本外務省「海外安全ホームページ)。

イタリアの首都ローマには国連食糧農業機関(FAO)などの国連専門機関の本部があるだけではなく、世界に12億人以上の信者を抱える世界最大のキリスト教宗派、ローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁がある。イスラム過激派テロ組織にとってテロを実行したいターゲットではないか。

実際、バチカンではいつテロ襲撃されるか分からない、といった緊張感は既にあるが、幸い、これまで起きていない。フランシスコ法王の身辺警備も厳重であり、一般謁見でもイタリア警察とバチカン警備員が信者たちの動向に目を光らせている。

北アフリカ・中東からは多数の難民、移民がイタリアのシチリア島南方にあるランぺドゥーザ島に殺到している。その中にテロリストが潜入していても不思議ではない。
「空を飛ぶ法王」と呼ばれたヨハネ・パウロ2世(在位1978~2005年)が1981年5月13日、ブルガリア系のトルコ人、アリ・アジャに銃撃される暗殺未遂事件が起きたが、それ以降、バチカンではテロ事件と呼ばれる事件は起きていない。

それは、イタリア警察の対テロ政策の成果ではないか、といった思いも湧いてくる。独ベルリンの「トラック乱入テロ事件」のアニス・アムリ容疑者をパトロール中の2人のイタリア警察官がミラノ郊外で射殺し、独メルケル首相から感謝されたばかりだ。
ただし、イタリア人気質を少しは理解している当方は、イタリア人警察官がドイツ人警察官より優秀だとはどうしても思えないのだ。

欧州のテロ専門家の中には、「イタリアではマフィアが絶対的な力を握っている。彼らが目を光らせているのでイスラム過激派テロ組織は根を張れない」と分析する声がある。すなわち、イタリアでテロ事件が起きないのは、政府や警察当局の対テロ戦略の成果というより、自身の勢力圏を死守するマフィアの存在があるからだというわけだ。マフィア「テロ阻止」説だ。

マフィアはイスラム過激派テロ組織が国内で勢力を拡大し、イスラム・コミュニティを作ることを許さない。フランスやベルギーでも必ずイスラム系移民たちが集中する地域、共同体が存在する。例えば、ベルギーの首都ブリュッセル市のモレンべーク地区だ。そこではイスラム系住民が50%を占める。現地の警察もやたらと踏み込めない。一方、イタリアではマフィアが存在する。彼らはイタリア全土にその影響力を有している。イスラム過激派テロ・グループがネット網を構築して組織化しようとすれば、イタリア警察が踏み込む前にマフィアが乗り込んで、壊滅させる、というわけだ。
蛇足だが、マフィアとイスラム過激派テロ組織では、その主要目的が異なる。だから、両者が提携するというシナリオはもちろん完全には排除できないが、非現実的だ。

なお、イタリアでは、ヌドランゲタ(Ndrangheta)、カモーラ、コサノストラなどの大マフィア組織が幅を利かしている。彼らは地域に密着している。マフィア・グループが年間稼ぐ収益はイタリアの国民経済を陰で支えているといわれるほどだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年12月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。