「地獄」は存在するか

長谷川 良

12人の囚人の足を洗うローマ法王フランシスコ(3月29日、ローマで、「バチカン・ニュース」独語版から)

4月1日はキリスト教の復活祭(イースター)だ。全世界でイエス・キリストの復活を祝うイベントが行われる。ところが、ローマ法王フランシスコが「地獄は存在しない」と述べたという新聞報道が掲載され、法王の発言を巡り、一時「地獄論争」が展開された。

その切っ掛けはイタリア日刊紙ラ・レプッブリカが29日、ローマ法王フランシスコとラ・レプッブリカの創設者エウジェニオ・スカルファリ氏との対談を報じたが、その中でフランシスコ法王が「地獄は存在しない」と発言したと報じたからだ。カトリック教理によれば、地獄は天国と同様、れっきとして存在することになっている。それを南米出身のローマ法王フランシスコが「存在しない」と発言したとすれば、大変だ。バチカンはイタリア紙の報道直後、「ローマ法王は決して地獄の存在を否定していない」と指摘、伊紙の報道はフランシスコ法王の発言を正しく引用していないとし、改めて「地獄は存在する」と述べた。

もう少し、説明する。フランシスコ法王とスカルファリ氏はインタビューではなく、対談だったこと、スカルファリ氏は対談を録音していなかった。要するに、イタリア紙の創設者は自分の記憶に残ったフランシスコ法王の発言を総括しただけで、法王の発言をそのまま引用したわけではないという。ちなみに、フランシスコ法王とスカルファリ氏は旧友の間柄だ。

スカルファリ氏は記事の中で「地獄は存在しない。罪ある魂は死後、消滅するだけだ。罪人は死後自動的に罰を受けない。罪人が悔い改めたら神の許しを受ける。悔い改めない魂は消滅するだけだ」と記している。
この論理でいけば、「地獄は存在しない」ことになる。バチカンからいえば「法王の発言を間違って引用した」ということになる。繰り返すが、カテキズムによれば、「死に値する罪を犯した者は死後、地獄に行く。そこで苦しみを受ける」となっている。

ところで、「神の存在」、「悪魔の存在」、そして「地獄の存在」は地上に生きている人間にとって解明が難しい厄介なテーマだ。ハムレットではないが、「あの世から帰ってきた者は一人もいない」からだ(「悪魔(サタン)の存在」2006年10月31日参考)。

しかし、新約聖書を読む限りでは、これまで3人が死から帰還している。復活したナザレのイエス、イエスが生前死から蘇らせた会堂司の娘(「マルコによる福音書」第5章)、そして友人ラザロだ(「ヨハネによる福音書」第11章)。彼らは一様に一度、死を体験した。死んだ者は審査されてから、それぞれ生前の歩みに該当する世界へ行くという。

少々、表現がきついが、フランシスコ法王が「地獄は存在する、しない」と主張したとしてもあまり意味がないことだ。法王自身はわれわれと同様、地獄を目撃していないからだ。カテキズムに基づいてわれわれに諭しているだけだ。

参考までに、地獄の様相について過去、3人がその著書の中で記述している。イタリアの詩人、ダンテ・アリギエーリの「神曲」の地獄編(初版発効1555年)、イギリスの17世紀の詩人、ジョン・ミルトンの「失楽園(1667年)」、そしてスウェ―デン出身の科学者、神学者のエマヌエル・スヴェーデンボリ(1688~1772年)の「霊界の実相」だ。彼らは地獄の実相を時には文学的に、時には直感的に描写している。ちなみに、ダンテは「地獄編」で最も罪が重いのは「裏切りだ」と述べている。

もう少し、身近な地獄体験者の証としては、米国のテレビ番組「スーパーナチュラル」(Supernatural)の主人公の一人、ディ―ン・ウィンチェスターだろう。ディーンとサムの兄弟は悪魔ハンターだが、兄のディーンはサムを生かすために悪魔と取引し、地獄に行く。その後、天使の手助けを受けて生き返ったディーンが語る地獄の様相は以下の通りだ。

ディーンが地獄に行っていた時間は地上時間では4カ月間。地獄では40年間だったという。ディーンは30年間、悪魔から拷問を受ける。肉が裂け、骨が砕ける拷問を受け続けた。悪魔がディーンにその拷問から解放される道を提示した。ディーンと同じように地獄にいる霊たちを拷問することだ。ディーンは最初はその申し出を拒否したが、拷問が耐えられなくなって受け入れる。ディーンは地獄の霊たちを拷問する。「相手が苦しむ姿を見ながら言いしれない快楽を感じる自分に対し、自省の念を感じた」と告白している。

復活祭はクリスマスと共にキリスト教の2大祭事だ。イエスは十字架で死んだ後、3日後復活し、40日間、バラバラに散らばった弟子たちをもう一度呼び集めてから昇天する。キリスト教はクリスマスから始まったのではなく、復活イエスから始まった宗教であることをもう一度確認したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年4月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。