読売新聞ナベツネ主筆の誤解している放送改革

池田 信夫

新潮社「反ポピュリズム論」より引用:編集部

最近、放送法についてマスコミが何を騒いでいるのかよくわからなかったが、どうやらその裏には読売新聞の「主筆」がいるらしい。現代ビジネスの記事によると、3月30日に安倍首相は、渡辺恒雄氏と一緒に東京ドームで巨人=阪神の開幕戦を観戦したという。

読売新聞社関係者が明かす。「実は、渡邉主筆はこの試合の半月ほど前に、読売新聞東京本社で行われた会議の席上で『首相がその気なら全面対決だ』と発言したというのです。読売社内では『これまでの親安倍から反安倍に路線変更か』と大きな話題になっていました」

この「読売新聞社関係者」の話が事実だとすると、主筆は安倍首相の放送改革に反対らしい。その理由は、

首相が検討しているのは、(1)政治的公平性を求める放送法4条の撤廃、(2)インターネットと放送の垣根をなくしインターネット事業者の番組制作参入を容易にする、(3)NHKのインターネット同時配信本格化などだ。

というのだが、このうち今のところ読売が反対しているのは(1)だけで、(2)も(3)も出ていない。放送法4条なんて大した話ではないので、本丸は(2)の新規参入だと思われるが、それは主筆の誤解である。

今でもインターネット事業者はAbemaTVのように放送法の制約なしで自由に番組制作をしており、今から地上波の中継局に巨額の投資をして参入する業者はない。企業買収は、ライブドアや楽天が失敗したように不可能だ。

これについては同様の記事をプレジデント・オンラインが書いており、中村伊知哉さんがNewsPicksで的確にコメントしている。

「放送への参入拡大」が目的といいます。ならば手段が違う。衛星もケーブルもあり参入はいくらでもできるから、ここでの論点は地上波ですね。参入を増やすには電波を出すしかない。放送法改正もハードソフト分離も関係ない。で、やりくりして電波6MHzがでてきたとして、それを放送に使わせる?通信でしょう。

その通りである。UHF帯には約200MHzの電波があいているが、それをこれから新たに割り当てるなら放送ではなく通信で、それはインターネットに使われるに決まっている。21世紀に入って、地上波テレビに電波を割り当てた先進国はない。

通信と放送を分ける最大のルールは「著作権」です。放送は規制で超ユルく縛られる一方、著作権法上の特権を得ている。通信は全て許諾が必要。通信と放送の垣根をなくしたいなら、まずこのルールに手を入れる必要があります。権利者は大反対します。政権の意向で動く性質のものではありません。

これもその通りだ。彼も私も10年以上前からいっているように、放送業界の最大の参入障壁は著作権法であり、既得権を守っているのは総務省ではなく文化庁である。最大の障害は(テレビ局を含む)著作権法の権利者なのだ

これは日本だけの問題ではなく、放送を一種の公益事業特権として著作権法の例外にする一方、コンテンツを規制する国はEUにもある。これは「各国の文化を守る」という建て前だが、実際には権利者の政治力が強い国ほど著作権法の規制が強い。他方、政財界のボスが権利関係を決めるイタリアでは野放しで、公共放送もすべて同時にネットで見られる。

日本はその対極で、テレビ業界が新聞の政治部と結びついているため、文化庁の「インターネット放送は放送ではない」という奇妙な規制ができ、地デジのネット配信もできない。テレビ局は、世界にも類のない著作権法の規定で自縄自縛になっている。

これはインターネット技術と著作権法のからむややこしい話なので、今年92歳になる主筆が理解できないのは無理もない。情けないのは、彼を説得できないで意味不明の社説を書く読売新聞記者のサラリーマン根性である。インターネットを知らない主筆には、もう引退してもらったほうがいいのではないか。