「too little, too slow」日本の創薬体制

2018年05月02日 11:30

病気に関係するすべての分子を標的とする薬剤開発

シカゴは日曜日まで東京の真冬のような気候で、コートを羽織っても肩をすくめるような寒さであったが、昨日から突然、暑くなり(暖かさを通り越して、暑い)、最高気温は昨日は28度、今日は29度と一気に夏のようだ。数日前の最低気温との差は30度で、まるでジェットコースターのような温度変化だ。悲しいことに、体が全くついていけない。

今日は紹介したい話題は二つだ。ひとつはネットニュースに出ていたものだ。ある女性が転んだ際に耳に怪我をして救急外来を訪れた。長く待たされ末に、トリアージを受け、その結果、医師の診察さえ受けなかった。アイスバックと絆創膏を張っただけだったが、後日、5751ドル(60万円以上)の請求書が送られてきた。この話を導入として、救急外来に足を踏み入れるだけで、数百ドルから数千ドルの請求をされる案件がいくつか紹介されていた。

私の知人が救急搬送された際にも、外来治療を終えて入院手続きする際には数百万円をカバー可能なクレジットカードが必要だった。日本の医療保険制度に慣れ親しんだ私には、この理不尽とも思える請求額には言葉を失うしかない。しかし、このブログで何度も触れたように、日本の医療保険制度を維持するためには、医療費の削減だけを謳っていては成り立たないところまで来ている。医療保険制度は、空気や水のように存在しているのではない。子供の頃には、ペットボトルで水が販売されるとは夢にも思わなかった。しかし、今では水を買う時代になった。空気も工場などの浄化設備がなければ、中国のようになってしまう。

質の良いものを購入するためには、それ相当の対価が必要だ。質のいい医療を維持するためには、国民の負担は不可欠だと思う。いつまでも、審議拒否など続けていないで、国民のために真っ当な議論をして欲しいと心から願っている。北朝鮮問題も意外な展開となり、いろいろな状況変化に備えが必要だし、経済摩擦問題も備えが待ったなしだ。TOKIOの話題も、こんなに大騒ぎする問題なのか、疑問に思えてならない。まさに、「魔女狩り」大国、日本の様相だ。

二つ目の話題は、これまで薬を作るために難しいと考えられていた分子に対する、角度を変えた創薬の手法だ。今日の昼食時の講演会で、ボストン(ハーバード大学、Novartis Institutes for BioMedical Research)のBradner先生が「An Open Framework for Undruggable Targets」とのタイトルで産学連携による画期的な創薬手法の重要性を紹介した。名前の通りで、ノバルティス社が支援している研究所で、米国内だけでなく、上海やシンガポールでも協力している。予算規模は数千億円という。

たとえば、酵素や受容体の働きや、タンパクとタンパクの相互作用を抑えるのではなく、標的とするタンパクだけを分解することによって、がん関連分子を抑えるアプローチだ。重要ながん関連物質である、MYCやRASタンパク質だけを分解可能にする薬剤の例が紹介されていた。「ほんまかいな??」と感じたくらい衝撃だった。

また、タンパク質が分解できない場合に、それを作る基となるmRNAやDNAを壊してしまう方法の可能性も紹介された。細かいことは難しいので省略するが、頭を柔らかくしていろいろなアプローチを探るという観点では非常に役立った。しかし、頭が固くなって、回転が遅くなってきた私には、「こんな方法で、人に対して副作用という問題が起こらないのだろうか?」という不安が最後まで残った。

大変革を起こすためには、トップダウンで一気呵成にプロジェクトを進めなければならない。しかし、日本の現状を眺めると、予算規模といい、リーダーシップといい、とてもできない芸当だ。数十年来、「too little, too slow」を改めなければといろいろな施策がうたれてきた。しかし、AMEDが出来て以降、ますます、「予算はtoo little, 判断がtoo slow」そして、結果を「too short」に求めるようになってきた気がしてならない。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年5月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
医学者、内閣府SIPディレクター

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