ジブリというキャリア教育(後編) --- 高部 大問

2018年05月19日 06:00

宮崎駿監督(Wikipediaより:編集部)

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オトナに求むのは仕掛けた先にあるケ・セラ・セラ

では、そうしたコドモを育てるために、オトナには何が求められるだろう。達観すれば、「這えば立て立てば歩めの親心で抱きしめてったら大概は何とかなるもん」であろう(『ホーホケキョ となりの山田くん』)。しかし、ついオトナは 「先回りしてダメだ」と言ってみたり(『おもひでぽろぼろ』)、「すきな所へ行き、すきに生きな」と投げやりに助言してしまいがちだが、それは職業人生を「与えもし奪いもする」リスキーな言葉だ(『もののけ姫』)。「手ぇ出すならしまいまでやれ!」なのであり(『千と千尋の神隠し』)、「自由ですよ、お好きにって言われるとかえって困る」のである(『ホーホケキョ となりの山田くん』)。つまり、オトナの何気ない一言一言は、何のアドバイスにもならないどころか、「手前勝手な考え」の押し付けになっている可能性があるのである(『もののけ姫』)。

かといって、“有名企業に就職できれば幸せ”といった指導にも疑問は残る。仮に有名企業に入れたとして、「いいところにお勤めですね」なんて言われても、「別にのめり込めるような仕事じゃない」場合は不幸だからだ(『おもひでぽろぼろ』)。

そうではなく、オトナの在り方として参考になるのは、「ひとつしか生き方がないわけじゃない」「自分の信じるとおりやってごらん。でもな、人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ。何が起きても誰のせいにもできないからね。」という、自己主張を曲げるわけでも強要するわけでもなく提示するにとどめ、その上で丸ごとコドモを受容する理解者としての振る舞いだろう。そうした振る舞いがあるからこそ、「書いてみて分かったんです。書きたいだけじゃだめなんだってこと。もっと勉強しなきゃ だめだって。」という本人の気づきがあり、「背伸びしてよかった。自分のこと前より少し分かったから。」という自己肯定感にも繋がる(『耳をすませば』)。

有機農業とは「生きもの自体が持っている生命力を引き出して人間はそれを手助けするだけっていうカッコイイ農業」のことだそうだが(『おもひでぽろぼろ』)、キャリア教育に置き換えれば、コドモ自体が持っている人間力を引き出してオトナはそれを手助けするという、言わば有機人業である。

「長い人生航路で一番怖いもの」は大嵐でも激流でもなく、実は「見事に凪いだ鏡の様に穏やかな水面」であろう。だから、凪の時こそオトナは仕込みの仕度を始め、仕掛けねばならない。仕掛けないオトナが周囲にいるとコドモは「大人の迷子が流行ってる」と認識する(『ホーホケキョ となりの山田くん』)。「♪未来は見えないお楽しみ」なのであるから、オトナ自らが仕掛ければ、やり抜いた先に「♪なるようになる」さという潔さが宿り、その結果、迷子にならず「♪ケ・セラ・セラ」なキャリアが歩めるだろう。そして、その背中をコドモは必ず見て育つ。オトナ自身の歩みやもがきこそ、一番のキャリア教育の題材である。

ジブリの作り手もキャリア教育

ここまで、ジブリの作品に着目してきたが、作品にキャリア教育的学びが包含されているということは、当然作品の作り手にも学ぶべきところがあるということを示す。

作り手の一人、宮崎駿監督の映画づくりは、シナリオがなく一枚のイメージボードからスタートする独特な手法である。それは、上から俯瞰して見たときに左右対称を成す西洋建築とは違って、座敷や茶室など個別の部屋から作り始め付け足し積み上げる日本建築の作り方と酷似する。キャリアも、夢や大きな目標を最初に決めてそこまでの道のりを逆算して歩む全体設計図ありきの方法もあれば(キャリアアンカー)、宮崎駿監督のように、部分から始めて良い偶然が組み合わされ創造的な完成物ができあがる設計図なしの方法もある(プランドハップンスタンス)。

宮崎駿監督が『となりのトトロ』を作ったのは47歳の時、同時公開の「火垂るの墓」を作った高畑勲監督は当時53歳である。大器晩成という言葉がお二人に当てはまるかは議論の余地があるが、人生の早い段階で「やりたいこと」や「夢」を決めておくキャリアだけが全てではないことの何よりの証拠となり得るだろう。

また、両監督とともに映画づくりを支えてきた鈴木敏夫プロデューサーは、人の生き方には2通りあると説いている。ひとつは、目標をもってそれに到達すべく努力するという生き方。もうひとつは、目の前のことをコツコツやって開けてくる未来に身を任せる生き方。鈴木敏夫プロデューサー自身は「僕は後者の方だと思う。」と述べている。「夢に向かって頑張り続ける成功だけじゃない成功がある。目の前のことに一所懸命になっていれば開ける道もある。」と。

「僕は前向きな方ではなく後ろ向き」と語る鈴木敏夫プロデューサーの嫌いな言葉は「前向き」だそう。しかし、プロデュースした『ホーホケキョ となりの山田くん(高畑勲監督)』の中では、「人生を前向きに乗り切るには」という一節がある。作り手の嫌いな言葉が作品に出てくる奇妙さ。このコントラストもまた、私たちに“揺さぶり”を与えてくれる。そして、この映画がジブリ作品で唯一MoMA(ニューヨーク近代美術館)の永久保存作品に加えられていることは、映像技法の斬新さと併せて、オトナの“揺さぶり”やコドモの“揺れ”を実直に表現したことと不可分ではないのかも知れない。

ここまで、キャリア教育とジブリを重ねて眺めてきたが、「♪やさしさに包まれたならきっと」コドモは育ち、「♪ 目にうつる全てのことはメッセージ」として学びとなり(『魔女の宅急便』)、「♪みんな大切な自分の時間」になるのである(『猫の恩返し』)。「♪いまのすべては過去のすべて」だし「♪いまのすべては未来の希望」なのだから(『かぐや姫の物語』)。

ジブリがキャリア教育なわけ

なぜキャリア教育にジブリなのか。それは、「♪子供のときにだけあなたに訪れる」ものがあるためだ(『となりのトトロ』)。 キャリアとは子供時代だけの話ではなく、大人時代にも続く道であるが、子供時代にあって大人時代になくなるもののひとつは、“教科書”である。大人になると教科書は用意されていない。自分で探さねばならない。それは具体的な書籍のみを意味するのではなく、学ぶ対象全てである。いつどんな状況でも、私たちのアンテナ次第で学びや気づきや発見は姿を現わす。「ネタは半径3m以内にある」のである。「アニメなんて」と否定的な方もおられるかも知れないが、たかがアニメ、されどアニメなのである。ジブリ(GHIBLI=熱風)が巻き起こした旋風は、娯楽業界だけでなく教育業界にも届いている。

高部 大問(たかべ だいもん) 多摩大学 事務職員
大学職員として、学生との共同企画を通じたキャリア支援を展開。本業の傍ら、学校講演、患者の会、新聞寄稿、起業家支援などの活動を行う。

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