根強い中国人の西洋崇拝を描いた卒論

加藤 隆則

今日から「答弁」と呼ばれる卒業論文の聞き取り審査が始まる。学生がPPTで卒論の概要を説明し、指導教師を含め複数教師が質問をする。重大な欠陥がみつかれば、即刻書き直しを命じられる。卒業生が最も緊張する場面だが、これを通過すれば、卒業が確定しホッとできる。教師は担当する学生以外の卒論にも目を通さなければならないので、この間はひたすら閲読に集中しなければならない。

私が指導した女子学生4人の論文は概して出来がよかった。「人工知能(AI)が将来のメディア人に及ぼす役割の研究」や「ネット環境が“成人化児童”を生む作用の分析」など、それぞれの興味や将来の職業を踏まえたテーマを設定した。こちらの修正意見にも積極的に応じ、最大で計5回、書き直しをした学生もいる。

最も印象深かったのは、広告専攻の女子学生が書いた論文「国内の平面広告における外国人キャラクターの研究」だ。中国人の西洋崇拝を正面から取り上げた内容だった。平面広告とは、紙媒体で用いられるポスターなどを指す。現代ではネットで流される割合のほうが多い。

日本でもしばしば化粧品や洋服、自動車などのコマーシャルに、高級感を醸し出すため白人を起用するケースがある。西洋への潜在的なあこがれに訴える効果を狙ったものだが、彼女の論文を読んで、中国でも、いやむしろ中国の方がその傾向が強いように思った。

彼女はいわゆる優秀なタイプではないが、自分の独創性を大切にする長所がある。図書館にこもって、地道に、権威ある広告年鑑の過去十年分をめくった。異なる業界ごとに、人物が登場する約千件のサンプルを集め、分析した。

そのうち外国人、主として白人が使われているのは毎年ほぼ2割から4割の間で推移し、目立った上昇あるいは下降の傾向はみられなかった。 折れ線グラフは上下を繰り返し、2016年が37%を超え最高だった。つまり、高度経済成長を続け、生活水準が大幅に上がり、自分たちへの自信を強めている中にあっても、依然として西洋崇拝は根強く残っていることになる。日本へのいわゆる爆買ツアーをみても、中国人観光客はメイドインチャイナよりもメイドインジャパンを評価する心理が強く反映している。

中国は清朝末、西洋の圧倒的な科学技術、生産力を見せつけられ、それまでの夜郎自大な閉鎖体制を打ち砕かれた苦い経験がある。以来、列強に対抗する愛国精神と、劣等感の裏返しである西洋崇拝が混在し、その時々の情勢で、敵視、排外と崇拝、屈服の心理が交錯する複雑な歴史を歩んできた。この点については拙著『中国社会の見えない掟ーー潜規則とは何か』(講談社現代新書、2011)で指摘した。

中国における西洋崇拝はかくも根深い。それだけに、現代社会の中で広告に現れた外国人キャラクターを研究対象として取り上げることは、歴史的にも、現代的にも意味のあることである。

彼女の統計調査によって、興味深い業界の特徴が表れた。広告で最も外国人の起用が多かった業界は不動産と自動車、薬品・保健用品で、それぞれ55、50、50%にのぼった。一方、中国製が世界市場を席巻している家電製品では、外国人の出現率が顕著に減っており、メイドインチャイナのブランド力が着実に高まっていることを裏書きする現象として目を引いた。

自動車は外資メーカーが世界最大の市場を目指してしのぎを削っているので理解できる。薬品・保険用品も、健康に対する関心の高まりが、自国製に比べ安全で、有効な欧米製に対する強い信頼を敏感に物語っているといえる。だが、生活の場そのものである不動産に西洋崇拝が最も顕著であることは驚きだった。私の論文指導の重点の一つは、貴重な統計調査をツールとし、統計結果によって生まれたこの疑問に答えることだった。

確かにマンションの名前を見ても、「国際××」と前置きしたものが目立つ。デザインもヨーロッパの街並みをそっくりまねたような建物が多い。宣伝文句には、「地中海風」「スペインスタイル」「北欧調」などの文字が躍っている。ネットで検索すると、次から次へと外国人が登場した不動産広告が表示される。

中国人にとって家は、伝統的な宗族文化を支える家族の絆にとってのよりどころであり、社会主義体制において個人の私有財産が十分に守られていない中、帰属感、安全感を得るために不可欠な財産である。しかも、貧富の格差が広がる社会において、重要なステータスシンボルになっている。国家、国営企業が人民に家を分配していた時代にはまったく想像もできなかった光景だ。それだけに、家のあり方は、変動し、流動する社会の真相をはっきりと映し出す鏡になる。消費を記号化する広告は、その真相をつかむ格好の手掛かりとなる。

かつ、不動産価格は先進国並み、あるいはそれを超える異常な状況が生まれ、とても普通のサラリーマンが一人で購入できる水準ではない。一生の買い物どころか、親子何代にもわたる投資と化しており、より鮮明に消費者心理を投影する商品でもある。

そこに現れた西洋崇拝、西洋式生活へのあこがれは何を物語るのか。

習近平総書記が中華民族の偉大な復興を実現する「中国の夢」をスローガンに掲げ、ことあるたびに社会主義の優位に対する自信や中華文明への誇りを口にするのは、むしろ現実社会に蔓延する欧米志向にクギを刺すためだと思えてくる。自信や誇りを過剰に強調するのは、むしろ自信のなさの裏返しである。メイドインチャイナがいかにしっかりした地位を築くべきか。一学生の地道な論考が多くの示唆を与えてくれる。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2018年5月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。