秀吉は“東洋のナポレオン”〜日本は江戸時代以前は古代から先進国だった

2018年06月03日 06:00

馬鹿らしいことに、江戸時代のような暗黒時代を称賛する人がいることの理由の一つは、日本が関ケ原以前から立派な国だったことを忘れているからだ。それについて、『江戸時代の不都合すぎる真実~日本を三流にした徳川の過ち』(PHP文庫)では、おおむね以下のような主張をしている。

日本人の民度が高いのは、魏志東夷伝(倭人伝はその一部)にすでに、朝鮮半島の南部を「囚徒・奴卑のあい集まれる如し」とする一方、倭国は「その風俗淫らならず」と書いており、江戸幕府を誉める理由にならない。

キリスト教を伝えたザビエルも「日本人より優れた異教徒はいない。日本人は、総じて良い素質をもち、悪意がなく、交わってすこぶる感じがよい。ほとんどの人が読み書きができる」と言っており、宣教師フロイスは日本の女性が自由を謳歌し経済的にも自立していることを書き残している。

豊臣秀吉像(狩野光信筆 高台寺蔵)、Wikipediaより:編集部

さらに、世界史的な観点からは、豊臣秀吉は「東洋のナポレオン」というべき仕事をした。ナポレオンもルイ王朝や革命期の萌芽を整理しながら、近代国家をトータルに設計したことが偉大なのですが、秀吉はそれより200年も前に同様の仕事をやった。

東京や大阪を日本の中心的な都市として選び、京都や博多を改造するなど国土と都市を見違えるようにした。朝廷の権威の回復、太閤検地を通じた統治と税制の近代化、軍備近代化、兵農分離、度量衡の統一、通貨制度の整備、税制改革、商工業の振興、鉱山開発、貿易の拡大などにも成果を上げました。

この16世紀における日本の先進性と、19世紀なかばの江戸末期における日本が、世界の文明の発展の成果をほとんど享受してなかったのは対照的だ。

この背景には、德川家康が李氏朝鮮から朱子学を導入してある種、国教化したこともある。家康は安定のために、封建的束縛を強化したが、これは一言で言えば、日本が活力を放棄して「李氏朝鮮化」されたということだ。

しかし、明治維新が実現するや、文明開化を断行し、数年のあいだに近代的な国家体制や文明生活の導入を実現し、20年ほどすると、欧米諸国に見劣りしない憲法や議会を備えた世界の列強のひとつにのし上がった。

明治憲法について戦後教育では新憲法に比べ後進的と教えられるが、当時としては十分に先進的だった。改正された点の多くはヨーロッパ式をアメリカ式にしただけだ。

江戸時代の「不都合すぎる真実」 日本を三流にした徳川の過ち (PHP文庫)
八幡 和郎
PHP研究所
2018-06-05
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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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