遺伝子検査で、70%の乳がん患者が化学療法が不要 ⁉︎

2018年06月06日 11:30

ネットニュースで「Gene Test Shows About 70% of Breast Cancer Patients Can Skip Chemo」という標題の記事が目についた。


これを訳すと「遺伝子検査で70%の乳がん患者が化学療法が不要とわかった」となる。読んでみると情報源が、New England Journal of Medicine誌で発表された「Adjuvant Chemotherapy Guided by a 21-Gene Expression Assay in Breast Cancer」という論文だった。

論文の主旨は、21遺伝子の情報に基づく遺伝子解析結果で、再発リスクが中等度と判定された6711名のホルモンレセプター陽性・HER2陰性・リンパ節転移陰性乳がん患者を、ホルモン治療群とホルモン治療+化学療法群に分けて経過を報告したものだ。9年後の無浸潤疾患生存期間(invasive disease–free survival)、浸潤性の病変がなかった割合を調べたところ、ホルモン治療群では83.3%とホルモン治療+化学療法群では84.3%で、統計学的な差はなかった。遠隔転移がなかった割合は94.5%と95.0%、全生存率は93.9%と93.8%とこれも差はない。

50歳以下の患者では、無浸潤疾患生存率と遠隔転移がなかった割合で、ホルモン治療+化学療法群が数%よかったが、全生存率では差がなかった。再発抑制効果が多少あっても、化学療法によるダメージで生存期間では差がなくなるとも解釈できる。論文の結論は、二つの治療群では全体的には差がなかったが、50歳以下の患者では化学療法は少し意味があるかもといった感じだ。ネットニュースの標題である、「70%の乳がん患者は化学療法が必要ない」とは、かなり印象が違う。

しかし、論文を読む限り、私の印象も、ホルモンレセプター陽性・HER2陰性・リンパ節転移陰性乳がんには、ホルモン療法だけで十分で、化学療法は不要ではないか、である。昨夜、MDアンダーソンがんセンターの上野直人先生と食事をした際、「化学療法をしなくてもいい人がわかった意義は大きい」と話されていた。拡大・併用から、患者さんの負担をミニマムにする時代への転換点かもしれない。

もう一つの話題は、「Vaccine」という雑誌に発表された「Effectiveness of HPV vaccination against high grade cervical lesions in Japan」という論文についてだ。自治医大の今野良先生や対がん協会の垣添忠生先生らが著者である。子宮頸がん検診を受けた女性において、high grade precursor lesions of cervical cancer(子宮頸がんの前がん病変=ネットで調べたが、非常に早期のがんと前がん病変の定義が今ひとつよくわからなかった)がどの程度見つかったかを比較したものだ。このような研究に対して、必ず、被験者(対象となる人たち)のバイアスがないのか批判する人はいるだろうが、私はこの規模でやったことに素直に敬意を表したい。

ワクチンを受けていない20-24歳(14,171名)、25-29歳(6,603名)の女性での検出率は、それぞれ、0.58%と0.71%であったのに対し、HPVワクチン接種群では、20-24歳(1,590名)、25-29歳(379名)で、それぞれ、0.19%と0.26%であった。ワクチン接種群では、わずが3名と1名の陽性しかいないので、1-2名の差で数字が大きく揺らぐ可能性は否定できないが、日本国内のデータとしては非常に貴重だ。

30歳代では2番目に多いのが子宮頸がんであるし、国際的に予防可能ながんとして捉えられている代表的ながんである。もっと、オールジャパンでエビデンスを蓄積することができないものなのかと悲しくなってくる。10年後、日本だけ子宮頸がん発症率が高止まりしていたら、誰が責任を取るのだろう。メディアは、他人の責任を批判する資格はないと私は思う。

そして、医療に関するデータベースを充実し、それをAIと組み合わせれば、日本の抱えている超高齢社会や社会保障問題、あるいは、医療現場の疲弊に対する解決につながるのだが、これもなかなかオールジャパンとは行かない。出来レースを覆した反動なのか、他のプログラムも同じような仕組みなのかわからないが、私の案に対する某省庁からの攻撃は続いている。会話の文章化など、医療現場に負担を増すそうだ。

人工知能の進歩を考えれば、数年前と今では、様変わりなのに。DNA解析など、2010年前後の数年間で3桁スピードが上がったことは、このブログで何度も紹介してきた。AIによる将棋や囲碁の進歩も驚くばかりだ。さらに、5年後、10年後を見据えた医療データベースの中に、ゲノムを一切含めないなどありえないと思うのだが?国の将来より、役所の論理が優先するのか?不思議の国アリスだ。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2018年6月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
医学者、内閣府SIPディレクター

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