マジカルシンキングで信者を心理操作したオウム教団

藤原 かずえ

前記事の[オウム信者の行動メカニズムはまだ未解明とする愚論]においては、オウム教団の謎とされる次の3点の行動について、【同調 comformiy】【集団浅慮 groupthink bias】【服従 obedience】という社会心理学の基本概念を用いて、そのメカニズムを分析しました。

– なぜ優秀な人間が空中浮揚を肯定するようなオウムに入信したのか。
– なぜ優秀な人間が揃いも揃って浅はかな行動をしたのか
– なぜ優秀な人間が麻原彰晃のとんでもない命令に従ったのか。

今回は具体的なケーススタディを通して、そのような行動メカニズムを推進した【詭弁 sophism】について分析してみたいと思います。

ケーススタディに用いる事例としては、宇佐美典也さんが非常に簡潔に要点を説明された広瀬健一元死刑囚の手記を対象にしたいと思います。宇佐美さんのまとめは「これほど優秀な人物が、なぜオウム真理教に入信し、また、テロ事件を起こすに至ったのか」について考える上で極めて重要なポイントを突くものです。広瀬健一元死刑囚の手記については、オウム事件の専門家である江川紹子氏も『月刊Hanada 9月号』で取り上げているように、若者がカルトに取り込まれるプロセスを分析する上で非常に重要な一次資料であると考えられます。

本記事においては、宇佐美さんがまとめられた項目順に、その更なる要点を参照し、【行動心理 Behaviourism】と【論理的誤謬 logical fallacy】の観点から、典型的な事例に用いられているオウム教団の【マインド・コントロール mind control】のメソドロジーを解き明かしたいと思います。

■宇佐美典也さん [元オウム真理教信者、広瀬健一死刑囚の手記について]
■広瀬健一元死刑囚 [手記]
■前回記事 [オウム信者の行動メカニズムはまだ未解明とする愚論]

[1] なぜオウムに入信したのか、という点について

広瀬元死刑囚:入信の原因は、麻原の書著を読んだところ、それに記載の宗教的経験を伴った突然の宗教的回心が起き、オウムの教義の世界観が現実として感じられるようになったことです。

広瀬元死刑囚は、睡眠時に麻原の教えの通りに身体に生じた「宗教的経験」を動機に「宗教的回心」したと証言しています。これは、「説得者の考え方を正しいと思った」という動機から【同調】する【内在化 internalization】と呼ばれるものです。正しいと思っている考えに対する【同調】であるため、その後の態度の変化は起こりにくくなります。
ここで重要なのは広瀬元死刑囚の言う「宗教的経験」とは、客観的に実証できる【経験 experience】ではなく、個人の主観に基づく【身体的覚醒 physical arousal】であるということです。広瀬元死刑囚は、睡眠中に本の内容と同じ神秘体験をしたとしていますが、普通に考えれば、これは誰もが体験する夢に他なりません。本を読んで記銘した記憶が夢という形で【身体的覚醒】しても全く不思議ではありません。
ここで、宗教に救いを求めている人物は、【プライミング効果 priming effect】と呼ばれる認知バイアスによって願望で夢と体験を誤解釈しやすくなります。広瀬元死刑囚は、麻原の本から受けた【刺激 stimulus】によって【身体的覚醒】が起こり、それを【認知 cognition】したことになりますが、このような状況における【身体的覚醒】の誤解釈は、けっして珍しいものではなく、【つり橋効果 misattribution of arousal】という認知バイアスとして知られています。【つり橋効果】とは、不安定なつり橋の上で男女が出合う場合に、恐怖による身体的興奮を恋愛による身体的興奮と誤解釈し、恋愛関係が生まれやすくなることから名づけられたものです。
いずれにしても【プライミング効果】と【つり橋効果】で【マインド・コントロール】された広瀬元死刑囚は、麻原元死刑囚に対して【内在化】により強く【同調】し、錯覚して不合理な言説を信じ続けてしまう【信じ込み症候群 true-believer syndrome】を発症したものと考えられます。

[2] 物理の専門家として麻原の空中浮遊は不自然とは思わなかったのか?

広瀬元死刑囚:「空中浮揚は慣性の法則に反する」という論理では、空中浮揚を否定できません。既知の物理法則を超える法則の存在は、〝論理によっては〟否定できないのです。

広瀬元死刑囚は、否定する証拠がないことを根拠にしてその言説は真であると考える【立証責任の誤謬 burden of proof】に陥っています。物理法則を超える現象が存在したとしてそれが真であることが証明されない限り真と断定することはできません。広瀬元死刑囚が「空中浮揚」を信じた根拠は「オウムの教義の世界観は現実と化した」とする「宗教的回心」によるものであり、【同調】による「迎合」と考えられます。

[3] 麻原の指示に従って違法行為をするのに葛藤はあったか?

広瀬元死刑囚:麻原の指示だから自身の意思に反しても従わなければならないと思ったということではなく、ヴァジラヤーナの救済のための当然の指示と感じた。当時、私は教義の世界で生きている状態でした。このように、誠に非道なことでしたが、私は葛藤なく麻原の指示に従っていました。

「ヴァジラヤーナの救済のため」というのは「麻原の指示」よりもさらに一歩進んだ【権威への服従 obedience to authority】であり、典型的な責任回避の詭弁です。自分が行動するのは「真理」のためであり、自分の責任ではないと考えたからこそ、「誠に非道なこと」を葛藤なく行うことができたと言えます。

[4] 麻原およびオウム真理教信者はなぜ一連のテロ事件を起こしたのか?

広瀬元死刑囚:直接動機として説得力を持つのは、麻原の宗教的経験――アビラケツノミコトとして戦えと神から啓示を受けた経験――以外にありません。教義の世界観を現実のこととして認識していました。麻原の説く教えは一切が現実でした。そのために信徒は、破壊的活動を命じる麻原の指示に従ったのです。人々の救済と認識して。

これも【権威への服従】による典型的な責任回避です。要するに麻原の「日本の王になる」という目的のための手段をマインドコントロールされた信者が実行したという単純なメカニズムです。

[5] オウムの教義の特異性について

広瀬元死刑囚:オウムの教義・修行の体系においては、原始的な実践が復活していました。そのため信徒にとっては、主要な教義は経験可能でした。結果として信徒は、教義を目で見、手で触れることができるような現実として認識するようになり、思考・行動が教義に沿うものになったのです。

オウム教団では信者が同様の【経験】をしたことを根拠に【同調】し、【集団凝集性 group cohesiveness】を強めたと言えます。【同調】すれば見えないものも見えてくることは、【アッシュの同調実験 Asch conformity experiments】で実証済みです。ましてや「宗教的経験」なるものが【経験】という名の【主観】であれば、【同調】も容易です。「こっくりさん」と同様の【集団動力学 group dynamics】的行動が発生していたものと推察されます。オウムの教義の最も大きな論理破綻は、実証できない【経験】によって【経験則 empirical law】を導いていることです。

[6] オウムにおける麻原の地位について

広瀬元死刑囚:信徒の脳内には宗教的経験によって、「麻原は神である」という認識――感情、あるいはムードといったほうが正確かもしれません――が誘起されていたのです。麻原のいかなる言動を見ようとも、それに対する理性的判断を飛び越えて、ダイレクトに。

これは「説得者と同じ考え方でいたい」という動機から【同調】する【同一視 identification】という典型的な行動心理です。説得者に【対人魅力 interpersonal attraction】を感じている場合に、たとえ利害関係はなくても、個人的願望から【同調】するものです。すでに【内在化】により【同調】している広瀬元死刑囚が、それよりも容易に発生する【同一視】による【同調】をしているのは普通です。

[7] 麻原がテロを決意したのはいつごろか、について

麻原元死刑囚:近ごろわたしは心が少しずつ変わってきている。ひょっとしたら、動物化した、あるいは餓鬼化した、あるいは地獄化したこの人間社会というものの救済は不可能なのかもしれないなと。今の人間よりも霊性のずっと高い種、これを残すことがわたしの役割なのかもしれないなと。
広瀬元死刑囚:これは、オウムの信徒のみを残し、それ以外の人類を殺害することを意味します。その目的で麻原は、一九九〇年に猛毒を世界中に散布することを企図しました。

神のみぞ知る入手不能な情報を根拠にして麻原元死刑囚が展開したのは【全知全能に訴える論証 appeal to omniscience】と呼ばれる誤謬です。実際にこの言説は、個人的な直感を根拠にして推論する【直感に訴える論証 appeal to intuition】に過ぎません。但し、信者から【同一視】された教祖の言葉は、信者の【同調】行動を発生させるのに十分であったと考えられます。なお「近ごろ心が少しずつ変わってきている」として、都合よくルールを変更することで一度認めた内容を無効化して新たな見解を出すのは【ゴールポストの移動 moving the goalposts】です。既に強くマインドコントロールされていた信者は、教義の変更に異を唱えることができなかったものと考えます。

[8] 教団武装化の計画性について

麻原元死刑囚の指示に関するメモ:1988年11月5日は黙示録の予言を麻原が七つの予言その後世界戦争。2000年まであと一二年しかない。滅亡の日を出版しろと。

これは、実際には発生していない現象を根拠にして好き勝手な主張を行う【倒された支柱 subverted support】という誤謬です。信者は思考停止で予言を信じると考え、麻原元死刑囚は立証不能な【終末論 eschatology】を展開したものと考えられます。

[9] ボツリヌス菌を通じた全世界テロに関する麻原の指示について

麻原元死刑囚:現代人が悪業を積んでいるために、地球が三悪趣化し、宇宙の秩序が乱れている。それを我々が正さなければならない。これから上九(上九一色村)で培養するのは、ボツリヌス菌である。このボツリヌス・トキシンを気球に載せ、世界中に撒く。これは本来、神々がやることだが、神々がやると天変地異を使い、残すべき者を残せないから我々がやるんだ。

これも【権威への服従】による典型的な責任回避です。麻原元死刑囚は、根拠のない【陰謀論 conspiracy theory】により【選民思想 the chosen people】を展開し、信者に神の代理として行動することを指示しています。「地球が三悪趣化し、宇宙の秩序が乱れている。」というのも実際には発生していない現象を根拠にして好き勝手な主張を行う【倒された支柱 subverted support】という誤謬です。「神々がやると天変地異を使い、残すべき者を残せないから我々がやるんだ。」とするのは、自分の見解は当然の義務であるとする【当然・義務に訴える論証 is-ought fallacy】であり、オウム教団が非道な行動を犯す原動力となりました。

[10] 衆院選惨敗がテロの契機になった点について

広瀬元死刑囚:ヴァジラヤーナの救済を麻原が行動に移した契機は、自ら述べているように、衆院選での落選と考えて矛盾はありません。なお、「これは最初から分かっていた」という麻原の言葉については、額面どおり受け取れない部分があります。それはむしろ、落選する結果になる衆院選に出馬したことの正当化でしょう。

興味深いのは、広瀬元死刑囚が麻原元死刑囚の「落選は最初からわかっていた」発言は「落選する結果になる衆院選に出馬したことの正当化である」と、麻原元死刑囚の【認知的不協和 cognitive dissonance】を見破っていた点です。「落選は最初からわかっていた」発言は、明らかに自説に都合よく過去に設定した評価基準と矛盾する評価基準を新たに設定する【ダブルスタンダード double standard】に他なりません。ただし、このことは広瀬元死刑囚がオウム教団を脱会する動機には発展しませんでした。おそらく、それまでの学歴を捨ててオウム教団を選択した状況において【サンクコストの誤謬 sunk cost fallacy】に陥り、不都合な真実を無視したものと考えられます。

エピローグ

以上示した通り、オウム教団の基本的行動は通常の【行動心理】で概ね説明することができますが、その行動メカニズムを推進した【詭弁】の多くは、次に示すような客観的情報を含む前提が欠如している誤った論理構造に起因しています。

【主観に訴える論証 appeal to subjectivity】
麻原元死刑囚は、しばしば「宗教的経験」という名の【主観】を根拠にして教義を展開しました。すべては「教祖」という名の【権威】によって、自分の【主観】を「真理」とする詭弁であったと言えます。この記事で紹介した中では【直感に訴える論証】【当然・義務に訴える論証】がこれにあたります。そして、広瀬元死刑囚のような信者も、「宗教的経験」という名の【主観】を前提としてオウム教団に【同調】していったと言えます。

【立証不能論証 unprovable argument】
麻原元死刑囚は、しばしば言説の立証責任を無視し、立証不能な事由を根拠にして教義を展開しました。この記事で紹介した中では、【全知全能に訴える論証】【陰謀論】【倒された支柱】【終末論】【選民思想】がこれにあたります。なお、立証不能な事由は論者の主観によってのみ証拠採用されることから、これらの誤謬は【主観に訴える論証】のヴァリエイションとも言えます。【立証責任の誤謬】に陥った広瀬元死刑囚のような信者はこの立証不能論証の被害者でもあります。

【確信的虚偽論証 false justification】
麻原元死刑囚は、しばしば過去の言説を意図的に否定せずに都合よく教義を変更しました。この記事で紹介した中では、【ダブルスタンダード】【ゴールポストの変更】がこれにあたります。ここで信者は矛盾した主観的認識をもつことなりますが、広瀬元死刑囚のような信者は【サンクコストの誤謬】に陥り、そのまま活動を続けたものと考えられます。このようにしてオウム教団は【リスキーシフト risky shift】を繰り返し、テロに至ったものと考えられます。

以上のような合理的根拠が欠如していたり立証不能な因果関係で説得しようとする思考法を【マジカル・シンキング magical thinking】と言います。オウム教団はこの【マジカル・シンキング】をベースに【詭弁】で信者を【マインド・コントロール】したと言えます。【マジカル・シンキング】を擁する相手に騙されないためには、常に立証可能な合理的根拠を示すことを要求することです。


編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2018年7月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。