沖縄知事選の暗闘:中国の情報戦に踊らされる琉球新報

新田 哲史

昨晩から知事選の取材で沖縄に入ったが、羽田に向かう途中のモノレールで、スマートニュースをみていたら、琉球新報の社説を読んでズッコケってしまった。社説が話題にしているニュースの第一報は台北発の共同電だが、中国海軍の将校が内部雑誌の論文で、尖閣を巡る衝突の可能性が高まっているとして、回避するように主張していたというのだ。

琉球新報はこの報道を受け、社説で賛辞を送りまくりだ(黒字は筆者)。

<社説>中国軍尖閣衝突回避 紛争より平和の拠点に – 琉球新報

中国人民解放軍海軍の将校が昨年4月、軍の内部雑誌の論文で、尖閣諸島を巡る軍事衝突を極力回避すべきだとの考えを示していた。日中間の緊張を高めている尖閣問題で、中国軍内部から冷静な対応を求める主張が出ていることを歓迎したい

将校は論文で「尖閣諸島を含む東シナ海で日中の海洋権益のせめぎ合いは激烈で、海上での軍事危機発生の可能性は増大する」と分析する。その上で「海上軍事危機が起きれば、わが国の平和発展プロセスの重大な障害となる」「日中の連絡ルート確立やハイレベル交流、軍事交流などにより、危機の発生率を下げられる」と指摘し、軍事衝突を回避するよう提言している。極めて理性的だ。

尖閣近海にはいまも中国船 〜「お人好し」な論評

安室奈美恵さんの巨大写真が話題になっている琉球新報本社(沖縄REPEATより引用)

社説では、尖閣国有化で中断していた自衛隊と中国軍の佐官級交流事業が再開され、日本側が約6年半ぶりに訪中したことや、今月の日中首脳会談で関係改善への取り組みを確認したことなども挙げていきながら、論文の意義を強調する。

しかし、その報道が流れる前日、中国海警局の船4隻が尖閣周辺の海(領海外の接続水域)を6日連続で航行しているのが、海保で確認されたばかりだ。論文で示された融和的な姿勢と矛盾する挑発的な行為だ。沖縄ではそのニュースが流れていなかったのだろうか。社説を書くようなベテラン記者であれば、ずいぶんと「矛盾」ともいえる状況にあって、突然この時期に外電によって、そんな論文がもたらされたのか、全く訝ることはなかったのか。

中国海軍の内部雑誌の情報が、北京発ではなく台北発の共同電というのに不可解な部分もあるが、しかし、共同の記者に論文情報を提供した人物が、中国政府となんらかの関係性をもっている可能性はないのだろうか。中国の軍事情報を分析している台湾政府関係者によるリークもありうるが、北京とのつながりが皆無なのか、不気味なところはある。いずれにせよ、沖縄で知事選の真っ最中に、このような情報を持ち込んでくる筋の「思惑」について、なにも考えなかったのだろうか。中国側の意向を忖度したとは言うまいが、論文を好意的にしかみていない琉球新報の論評は、あまりにもお人好しだろう。

中国が仕掛けてくる「三戦」の脅威

先月、日経新聞のスクープで、中国がサイバー部隊を駆使して外国の選挙に電子的に介入する動きをみせている可能性が注目され、アゴラでも取り上げた。しかし高度なテクノロジーを使うまでもなく、新聞など既存メディアを利用した古典的な情報戦の仕掛けは、どこでも行われている。

これは、インテリジェンス業界の常識でもあるが、中国人民解放軍は2003年の政治工作条例において、物理的な軍事行動だけでなく、非物理的な情報戦などの工作活動である「三戦」を公然と規定している。2009年版の防衛白書によれば、三戦は以下の世論戦(輿論戦)、心理戦、法律戦をさす。

・「輿論戦」は、中国の軍事行動に対する大衆および国際社会の支持を築くとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することのないよう、国内および国際世論に影響を及ぼすことを目的とするもの。

・「心理戦」は、敵の軍人およびそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとするもの。

・「法律戦」は、国際法および国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対する予想される反発に対処するもの。

さらに具体論を言うならば、世論戦(輿論戦)はいわば、メディア工作による世論操作が典型だ。今回の報道の裏に中国側の思惑が働いているとしたら当てはまる。心理戦はメディア工作を強化したものに加え、軍事演習などによる力の誇示といった形で相手国の戦意を下げるのが狙い。法律戦は、尖閣などの領土紛争がわかりやすいが、自分たちの都合だけによる法的根拠で自らの立場を正当化する場合などが相当する。

安全保障環境のリアルを投票判断の参考に

中国公船(奥)を監視する海保の巡視船(海保サイトより)

もし沖縄知事選を意識した世論戦であったとしたら、中国側はどのような思惑があるのか。彼らは沖縄から米軍基地を退去させたいわけだから、安倍政権と基地問題で対立した翁長県政の後継をめざす玉城デニー氏の勝利に寄与するような、県民世論を醸成したいはずだ。

逆に佐喜真氏が勝ったとしても、選挙は島を二分する激戦。その結果、沖縄県民間の左右分断を、そして(これが一番のポイントだが)県民と本土との分断をはかることこそが、中国の国益に資するといえる。

この手の記事を書くと、玉城陣営を応援する人たちからは、「またアゴラの新田がクソみたいなネガティブキャンペーン記事を書いている」と反発を受けがちだ。しかしそれは早合点だ。佐喜真氏が知事になり、基地問題で国との協調路線をとったにせよ、中国側の謀略・情報工作の手が緩むと考えるのもまた甘いだろう。

大事なことは、沖縄を取り巻く外交・安全保障環境のリアルを直視した上で、県民ひとりひとりが投票判断をすることだ。本来は一般市民が気づいていない視点から判断材料を提起するのが地元紙の役割だろう。

たしかに今回の報道は、琉球新報がチェックに力を入れるフェイクニュースではないが、しかし、事実を報じていてもその事実の裏にある真実を見極めず、表層的に浮かれているようでは、報道機関としては半人前だ。