サウジが直面する“第2の国難”:9.11との共通点

2018年10月27日 11:30

アラブの盟主でイスラム教シーア派の大国サウジアラビアはトルコのイスタンブールのサウジ総領事部内で起きた反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)の殺人事件で国際社会から厳しい批判にさらされている。

カショギ氏殺人事件で批判にさらされるムハンマド皇太子(ウィキぺディアから)

サウジ検察当局は20日、カショギ氏はイスタンブールのサウジ総領事部内で死亡したことを初めて公式に認めた。サウジ側の説明によると、事件は計画的なものではないこと、関与が疑われる容疑者18人は拘束され、情報機関高官ら政府の責任も認めたという。

一方、トルコのエルドアン大統領は23日、アンカラで与党「公正発展党」(AKP)議員団の前でカショギ氏殺人事件について沈黙を破り、サウジ側の説明を否定し、「計画的に実行された野蛮な殺人事件」と指摘し、サウジ指導部の関与を示唆し、事件の全容解明を要求した。ちなみに、同大統領は自身の演説をわざわざアラブ語と英語で通訳させている。サウジの蛮行を世界にアピールする狙いがあるからだ。

トルコでクーデター未遂事件(2016年7月15日)の勃発後、エルドアン大統領は反体制派を強権で次々と弾圧し、数多くの反体制派ジャーナリストを拘束してきた。その大統領がいま、サウジの反体制派ジャーナリスト殺人事件を批判し、国際社会に向かってサウジ指導部のジャーナリスト殺人事件を糾弾しているわけだ。

カショギ氏殺人事件はサウジの国際的評価を落とすだけではなく、サルマン国王の王朝体制を震撼させている。特に、33歳のムハンマド皇太子が推進してきた体制刷新、近代化路線にも暗雲が漂ってきたと受け取られている。一方、アラブとイスラム教の覇権を密かに目論むエルドアン大統領にとって、カショギ氏殺人事件はアラブの盟主サウジを叩く絶好のチャンスを提供しているわけだ。

そのエルドアン大統領はカショギ氏殺人事件でサウジ指導部の責任を追及しても、サルマン国王への批判は意図的に抑えている。一方、名指しこそ避けたがムハンマド皇太子の事件への関与を示唆している。すなわち、攻撃のターゲットを高齢で病弱のサルマン国王ではなく、ムハンマド皇太子に絞っているわけだ。

ムハンマド皇太子は24日、首都リヤドで開かれている国際経済フォーラム「未来投資イニシアチブ」で、カショギ氏殺人疑惑について「不快な事件だ。正当化されない」と語り、事件に関わった容疑者全員を罰する意向を改めて強調したが、自身の関与への批判などには全く言及しなかった。

ところで、ムハンマド皇太子がカショギ氏殺人事件で政権へのダメージを最低限度に抑え、この危機を乗り越えることができれば、エルドアン大統領にとって状況は逆に厳しくなることが予想される。

オーストリア代表紙プレッセ24日付はアンカラ発で「エルドアン大統領はムハンマド皇太子を攻撃している。その皇太子が今回の危機を乗り越えることができれば、エルドアン大統領へ逆襲するだろう。皇太子は若いだけに、トルコ側は長期間、サウジから執拗な攻撃にさらされることになる」と解説している。換言すれば、エルドアン大統領がムハンマド皇太子を失権させない限り、次は自身がアラブの大国サウジの攻撃対象となるというわけだ。

サウジにとってカショギ氏殺人事件は2001年9月11日の米同時多発テロ事件に次ぐ、“第2の国難”だという声を聞く。9・11事件ではニューヨークの世界貿易センタービル(WTC)に向かって自爆したパイロットらイスラム過激派テロリスト19人の実行犯のうち、15人がサウジ出身者だったこと、事件はサウジ出身のオサマ・ビンラディンが主導する国際テロ組織「アルカイーダ」の仕業だったことなどから、イスラム過激テロとサウジの密接な関係が指摘され、サウジ側もイスラム過激主義との一線を引くのに腐心した。

カショギ氏殺人事件はトルコ側のリークによって事件が計画的に実施され、野蛮暗殺人事件だったことが次第に明確になり、サウジへの国際的批判が再び高まってきた。規模と状況には違いがあるが、「9・11テロ事件」と「カショギ氏殺人事件」はサウジの国際的評価を大きく傷つけたという点で似ている。

カショギ殺人事件はサウジ側が撒いた種で自業自得の可能性が高い。ムハンマド皇太子は事件が暴露され、国際社会から追及される事態になるとは予想していなかったはずだ。皇太子就任後、実権を掌握してきたムハンマド皇太子は強権政治で政敵を粛正し、改革を推進してきたが、反体制派ジャーナリストの殺人事件で躓いてしまったわけだ。ムハンマド皇太子が今回の危機で実権を失うようなことがあれば、皇太子の強権政治を密かに批判してきたサウジ王朝内の反対勢力が台頭してくることが十分予想される。

トランプ大統領時代に入り、巨額の軍需品を米国から調達することを通じ、サウジ・米国との関係は回復し、サウジとイスラエルとの関係も次第に正常化に向かってきた直後だ。トランプ米政権が考えてきたサウジ、エジプト、イスラエルを中心としたイラン包囲網構築にも支障がでてくるかもしれない。同時に、世界最大の原油輸出国の一つ、サウジの不祥事は世界の原油価格に影響を与えることは避けられないだろう。いずれにしても、カショギ氏殺人事件でサウジは高い代価を払わなければならなくなったことは間違いない。

エルドアン大統領はムハンマド皇太子の打倒をターゲットに絞ってきた。「ムスリム同胞団」を支持するエルドアン大統領とムハンマド皇太子との間でアラブの盟主を賭けた覇権争いがいよいよ本格的に始まるかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年10月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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