自由な移民は福祉国家と両立しない(アーカイブ記事)

池田 信夫

入管法が改正された後、移民をめぐる話題がいろいろ出てきたので、2018年11月9日の記事に追記して再掲します。

NHKは「やさしい猫」というドラマで、スリランカ人の不法滞在をテーマにしている。朝日新聞は不法滞在のガーナ人が生活保護を求めて訴訟を起こした事件を取り上げた。ガーナ人は腎臓病で、人工透析を受けている。

毎月40万円かかる透析が、国民健保なら最大1万円、生活保護を受ければ無料だ。朝日新聞は「ガーナに帰国すると透析は高価だから、日本政府は人道的配慮で滞在を許可すべきだ」というが、そんなことをしたら、日本国籍もない不法滞在者が毎年500万円の医療費にただ乗りできる。

日本が大量の移民を受け入れるときが来る

こういう博愛主義は美しい。不法滞在が一人や二人なら、人道的配慮もいいだろう。問題は、これから日本が大量の移民を受け入れなければならない可能性があることだ。

次の図でもわかるように、生産年齢人口(15~64歳)は1995年の8716万人をピークに毎年ほぼ1%下がり続け、2060年には4400万人程度になると予想されている。

人口の推移と予測(内閣府)

政府の計画する「10年で50万人」程度の外国人労働者で、この大きな人口減少を埋めることは不可能だが、それ以上増やすことも困難だ。同質性の強い日本では、他民族に対する拒否感が強い。戦前には朝鮮半島から人口の1%程度の「移民」を受け入れたが、それでも民族差別が大きな傷跡を残し、今も日韓の「歴史問題」として尾を引いている。

「移民を20万人入れないと経済成長できない」という財界の主張は錯覚である。人口減少そのものは大した問題ではない。日本は「経済大国」ではなくなるが、世界最高レベルの人口密度は低くなり、一人当たりGDPが上がれば生活の質は上がる。この点では日本の実績は悲観すべきものではなく、一人当たり成長率は先進国の平均程度である。

人手不足が深刻になっているが、市場経済で供給不足が長期に続くことはありえない。需要に見合う賃金を出せば、必ず人手不足は解消する。雇用調整助成金などで社内失業を温存しているから、雇用が流動化しないのだ。3K職場の人手が足りないから移民が必要だというのは、博愛主義と矛盾する。そういう労働環境をなくすためにも、賃金を上げて労働生産性を上げるべきなのだ。

しかし台湾有事で難民が発生したら、旧宗主国の日本は大量の難民を受け入れなければならない。台湾と人口がほぼ同じウクライナの難民は270万人。日本は国連に数十万人の台湾難民を割り当てられるだろう。不法滞在に、甘い顔をしている場合ではないのだ。

移民が社会保障にただ乗りする

問題は社会保障のゆがみが拡大し、国民負担が大きくなることだ。今後の平均成長率を1%としても可処分所得が絶対的に減少し、国民負担率(税・社会保険料)は国民所得の60%を超える。若い移民が増えると年金保険料は増えるが、短期滞在では加入しない。

他方、国民健康保険は短期滞在でも加入できるので、問題のガーナ人のような不法移民の国民健保へのただ乗りが増えている。さらに生活保護を受ければ医療はすべて無料だから、観光ビザで入国して残留しやすい日本は不法移民にとって魅力的な国である。

ミルトン・フリードマンは、自由な移民は福祉国家と両立しないと指摘した。彼自身も移民の子だから、移民には賛成だったが、すべての移民の生活を国家が保障することはできない。国家の中で人生が完結することを前提にする社会保障という制度は、国境を超える移民には適していないのだ。

アメリカでもヨーロッパでも、人々はこのパラドックスに気づき始めているが、日本では幸か不幸か、それほど多くの移民を入れることはできないだろう。日本はもう外国人労働者にとって、それほど魅力的な国ではないからだ。