韓国が海自の哨戒活動を「威嚇飛行」と非難する理由

鈴木 衛士

韓国国防部は23日、「離於島(イオド)近隣海上で任務を遂行している韓国海軍の多目的駆逐艦「大祚栄(テジョヨン:DDH977/4500t級)」に対して、海上自衛隊の哨戒機が近接威嚇飛行をした」と非難した。また、「日本政府に再発防止を要請したが、今日またこうした行為があったことは友好国艦艇への明白な挑発行為である」とし、「こうした行為が繰り返される場合、韓国は強い対応に出る」と警告した。

韓国国防部が24日公開した、自衛隊機の「低空威嚇飛行」とされる写真(KBSより:編集部)

来月には米朝首脳会談が開催される予定が発表され、この環境を整えるためにも(日米が置かれている立場を考慮して)わが国がせっかく幕引きを図ろうとお膳立てをしたにもかかわらず、なぜ韓国はかくも執拗に海上自衛隊の哨戒活動に難癖をつけるのであろうか。それには、二つの理由があると筆者は考えている。その一つは、「日本側に嵌(は)められたという逆恨み」であり、もう一つは、「海上自衛隊の哨戒機による韓国の艦艇等に対する監視活動をやめさせたいから」である。

12月30日に掲載された拙稿「韓国レーダー照射の動画公開で新たに見えた重大問題」で指摘したように、今回の問題の本質は、韓国が「北朝鮮への制裁を厳格に履行するという日米韓の取り決め」を破って「北朝鮮に便宜供与を図っているのではないか」という疑義である。

これに対して韓国は、この疑義に関わる外部からの関心を逸らせるために、「レーダー照射の事実関係」から「海上自衛隊哨戒機の威嚇飛行」というように問題を巧みにすり替えながら日本側を激しく非難し、問題の本質を糊塗しようとしている。わが国は、これを承知の上で反論しつつも、日米韓の連携に配慮して矛を収めようとしたのである。

一方で、韓国側もこのことに気が付いていながらも、ここで日本側に矛を収められては「腹の虫が治まらない」だけでなく、このままでは米国からの信頼を失墜させたことで、米朝協議に関わる「日米韓協力の主導権を日本側に握られてしまう」という焦りがあるから(日本の側に非をこじつけて)騒ぎ立てているのであろう。

もう少し詳しく解説しよう。

海上自衛隊は、北朝鮮に対する制裁が確実に履行されているか否かの海域における監視任務を付与されている。同時に、わが国近海などで不審な活動を行う(漁船などの)船舶に関する監視も実施している。これらは、哨戒中にたまたま発見する場合もあれば、事前に入手した情報をもとに確認作業を行う場合もある。そして、今回のレーダー照射事案の場合は後者であったと思われる。

つまり、北朝鮮が行っている制裁逃れの「瀬取り行為」や漁船の「違法操業」に対して「韓国が陰ながら支援している実態を自衛隊はある程度把握している」ということなのである。

韓国国防部が24日公開した、自衛隊機の「低空威嚇飛行」とされる写真(KBSより:編集部)

そして今回、防衛省が動画を公開したことによって韓国は「想像以上に自衛隊がこれらに関わる多くの情報を入手している」という事実に気付かされた。なぜならば、公開された動画で「クルー員らの音声が公開されなかった部分にこそ、問題の本質に迫る重要な情報が含まれている」ということを察知したからである。これは、日米韓の軍事中枢で活動している情報将校なら容易に想像がつくことであり、韓国軍にも日米の情報に精通した情報将校はそれなりに存在している。

つまり、韓国は駆逐艦による火器管制レーダー照射という失態とその後の政府の対応のまずさから、このような形で「北朝鮮に対する便宜供与の実態」が日本側によって公に晒されてしまったことで、完全に情報戦で敗北を喫したのである。これを韓国が「日本側に嵌(は)められた」と邪推しているというのが現在の構図だということである。

あとは、これ以上海上自衛隊によって、このような「疑義」に関わる証拠の積み上げを防ぐために、海上自衛隊の哨戒機を遠ざけたい意図が、「威嚇飛行をやめよ」という激しい抗議に結び付いているものと見られる。

例えば、一般市民の車両にパトカーが接近して隣の車線で並走したとしても、それ自体が脅威と感じることはない。その車両に子供でも乗っていようものなら手を振ったりもするであろう。しかし、もしこの車両に乗っている人物が何らかの犯罪に関わっているというような後ろめたい事情があった場合には、このパトカーは大変な脅威と映る。

まさにこのような心境なのであろうと推察する。そもそも、後ろめたい活動をしていなければ、公海上で海軍艦艇が国旗も軍艦旗も掲げていないなどということはおよそあり得ないことなのである。

気を付けなければならないのは、海上自衛隊はこのような韓国側の心理をよく承知したうえで、今後の活動に留意しなければ思わぬ事態に巻き込まれかねないということである。こちら側にそのような意識がなくとも、前述のような屈折した感情によって現場の将兵らが哨戒機の活動を「挑発行為」と捉えれば、これが敵意を駆り立てて過激な行為を惹起する可能性は十分にある。

政府や防衛省はいたずらに韓国国防部の激しいトーンに合わせることなく、「いわれのない韓国側の糾弾」を忍耐強く躱(かわ)し、水面下での協議を続けることによって、韓国側が偶発事故の防止に関して協議する意向を示す機会を待つことが賢明であろう。筆者は、米朝首脳会談が近付けば、米国もそろそろこの問題を座視しなくなるであろうと期待している。

鈴木 衛士(すずき えいじ)
1960年京都府京都市生まれ。83年に大学を卒業後、陸上自衛隊に2等陸士として入隊する。2年後に離隊するも85年に幹部候補生として航空自衛隊に再入隊。3等空尉に任官後は約30年にわたり情報幹部として航空自衛隊の各部隊や防衛省航空幕僚監部、防衛省情報本部などで勤務。防衛のみならず大規模災害や国際平和協力活動等に関わる情報の収集や分析にあたる。北朝鮮の弾道ミサイル発射事案や東日本大震災、自衛隊のイラク派遣など数々の重大事案において第一線で活躍。2015年に空将補で退官。著書に『北朝鮮は「悪」じゃない』(幻冬舎ルネッサンス)。