政府は昨2018年(平成30年)12月18日の国家安全保障会議と閣議で「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱」(以下「大綱」)を決定した。民主党政権下で策定された前々大綱の「動的防衛力」を、第二次安倍政権下の前大綱で「統合機動防衛力」に、さらに今回の新大綱で「多次元統合防衛力」と呼び変えたが、失礼ながら、言葉遊びの域を出ていない。
平たく言えば、新味に乏しい。安倍政権は「従来の延長線上ではなく国民を守るために真に必要な防衛力のあるべき姿を」と意気込んだが、中身は「従来の延長線上」に留まった(前回拙稿)。そう断った上で、大綱で注目すべきポイントを指摘しよう。
「北朝鮮は、近年、前例のない頻度で弾道ミサイルの発射を行い、同時発射能力や奇襲的攻撃能力等を急速に強化してきた。また、核実験を通じた技術的成熟等を踏まえれば、弾道ミサイルに搭載するための核兵器の小型化・弾頭化を既に実現しているとみられる」
案の定、マスコミは以上の重大な記述を見過ごした。公共放送NHKもスルー。「空母いずも」と騒ぎ立て、あげくの果ては「サイバー反撃能力」など、誇張や捏造の批判に終始した(月刊「Voice」2月号拙稿)。
大綱で注目すべきは、北朝鮮が「核兵器の小型化・弾頭化を既に実現しているとみられる」と明記された部分である。霞が関文法にのっとり「とみられる」と逃げを打っているが、「既に実現している」と明記された意義は重い。
最新2018年版『防衛白書』の関連部分と比べてみよう。
北朝鮮は、その核兵器計画の一環として、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化・弾頭化を追求しているものと考えられる。(中略)一般に、核兵器を弾道ミサイルに搭載するための小型化には相当の技術力が必要とされているが、米国、旧ソ連、英国、フランス、中国が1960年代までにこうした技術力を獲得したとみられることや過去6回の核実験を通じた技術的成熟が見込まれることなどを踏まえれば、北朝鮮が核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性が考えられる。
白書も「考えられる」と受け身形で逃げを打っているが、そこは目をつむり、ピンポイントで両者を比較しよう。
大綱「核兵器の小型化・弾頭化を既に実現しているとみられる」
白書「核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性が考えられる」
最新版とはいえ、白書は昨年夏の刊行、その「記述対象期間は、原則として平成30年6月末まで」。つまり白書の方が、大綱より半年近く早い。
さらに時計の針を戻していこう。以下、白書の関連記述を年度ごとに遡る。
2017年「北朝鮮が核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性が考えられる」
2016年「北朝鮮が核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も考えられる」
2015年「北朝鮮が核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も排除できない」
こうして並べてみると一目瞭然。年度ごと微妙に表現が修正されている。マスコミが見落としたなか、私は2017年春出版の拙著『安全保障は感情で動く』(文春新書)で、16年と前15年との上記違いを指摘しつつ「二〇一七年度版の『防衛白書』は再び記述の修正を迫られよう」と書いた。
さて、その夏の白書はどうしたか。上記のとおり「も」→「が」と、一字だけ修正した。まさに一字違いが大違い。16年の核実験、17年の相次ぐ新型弾道ミサイル発射など「小型化・弾頭化」が進展した経緯を踏まえた修正であろう。その後、最新18年版まで同じ表現を踏襲してきたが、さらに昨年末の大綱で一歩踏み込んだ。
近年、マスコミ御用達の「識者」らがメディアに露出し「まだ北朝鮮は核の小型化・弾頭化に成功していない」と解説してきたが、(惠谷治と)私は異論を表明してきた。NHKに至っては、北朝鮮が米国を射程下に置くICBMを繰り返し発射してもなお、その能力を否定する御用学者や自衛隊OBらに解説させ続けている。
ようやく日本政府が「核兵器の小型化・弾頭化を既に実現している」と閣議決定したが、彼らはどう釈明するのだろうか。それも、ここ半年間の情勢変化に基づく表現の修正ではない。大綱は「既に実現している」と、言わば現在完了形(ないし過去形)で明記した。
ならば、いつ「実現」したのか。そう突っ込むマスコミは、悲しいかなNHKはじめ一社もない。予測と分析を間違え、楽観報道を続けてきた不明を恥じるどころか、この数年間、同じ大学教授や自衛隊OBらを起用し続けている。こぞって以上の経緯をスルーしている。いや、そもそも一字の違いからして、気づいていないのかもしれない。
ようやく私の指摘が閣議決定を動かした……そう自画自賛したいところだが、おそらく事実は違う。きっとアメリカに追随した結果であろう。
今年1月17日、米国防省は「ミサイル防衛の見直し(MDR)」という重要な戦略文書を公表、なかで「今や北朝鮮は合衆国の本土を核ミサイルで脅かす能力を保有している」と断定し、強い憂慮を示した。前18年に公表された「核態勢の見直し(NPR)」という戦略文書の表現から踏み込んだ。
昨年の平昌五輪、南北首脳会談、米朝首脳会談と続いた宥和ムードを受け、日米の両メディアとも楽観報道を繰り返してきた。両国政府の姿勢も例外でない。日米とも、関連の軍事演習や展開配備、避難訓練などを相次いで中止した。それが、蓋を開けてみれば、上記のごとし。本来なら大騒ぎのはずが、国内は今も正月気分が漂う。
今年2月末に予定されている2回目の米朝首脳会談で、もしトランプ政権が米本土に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)の廃棄で北朝鮮と手を打てば、日本を射程下に収める数百もの弾道ミサイルは温存される。「核兵器の小型化・弾頭化」が「既に実現している」以上、日本全土が核の脅威にさらされてしまう。
そうなってから、マスコミは騒ぎ出すのであろう。自分で楽観論を振りまいておきながら…。きっと、御用達の識者らと口をぬぐい、頰かむりを決め込む。これまでと同じように、必ず、そうなる。