人間の意識は何のために発展したか:『炭素文明論』

2019年02月13日 06:00

人間も脳も電気仕掛けでは無い

マスコミで騒がれる新技術は、概ねITかバイオテクノロジーであって、化学研究におけるブレイクスルーでは無い。

しかしバイオテクノロジーの基本は化学反応であり、生物も化学反応によってその生命を維持しているのだ。

よく人間の脳を電気信号で動くコンピュータに例えて、シンギュラリティー(人工知能が人間の脳の能力を超える瞬間)などの議論もなされるが、それは前提がそもそも誤っている。

確かに、脳波や心電図などの例をあげるまでも無く、人間の体には電気が流れている。しかし、それらの電気はすべて化学反応によって生み出されるのである。正しくは「生命を維持する化学反応の結果電気が生じる」のであって、決して「電気が人間(生命)を動かしている」のでは無い。

これは当然人間の脳にも当てはまる。生物学的知識がほぼゼロのコンピュータ技術者などが、今すぐにでも「電気仕掛け」の人工知能(AI)が、人間の脳の機能を追い越しそうな話をするが、「化学反応」というベースを持たない人工知能(コンピュータ)は、そもそも人間の脳と全く異なるものである。

電気そのものが化学反応の結果生まれるのはもちろんだが、例えば、シナプスと呼ばれるニューロンの連結部の情報伝達は、主に化学物質(神経伝達物質)によって行われる。だから、すべて電気信号で送る場合よりも、格段に伝達速度が遅い。なお、シナプスには化学シナプスと電気シナプスがあるが、広範囲に見られるのは化学シナプスである。

例えば、ボールを追いかけて道路に飛び出した子供を目がとらえて、足がブレーキを踏むまでにはごくわずかだがずれが生じる。これは、神経や脳での伝達に化学物質が関わっているからである。

もし、電気信号だけで情報を伝達していたら、そのスピードは光の速さに準じるから、このようなずれは生じない。念のため、電気の電子が光の速度で動くのではなく、<電子の状態>が光速に準じたスピードで伝わる。

それでは、なぜわざわざスピードの遅い化学反応による情報伝達を人間が選択したのか?
発生学的に考えれば、原始的な生物が電気による情報伝達を始め、その後進化の過程で化学反応による情報伝達が加わっていったようなのだ。

進化上の「自然選択」で、化学反応が選ばれたのならば、そこには合理的な理由があるはずだ。考えられる推測の一つは、単純な情報の伝達には電気信号がふさわしいが、複雑な情報の伝達には化学反応の方が効率的であるということである。

例えば、現在研究中のAI(エキスパートシステム)では、ディープラーニングをはじめとする複雑な情報処理が加速度的に増えているため「いったいコンピュータがどのような過程で結論を出したのか」という検証が困難になってきている。

つまり「複雑系」の有名なバタフライ効果のように、台風を引き起こす蝶の羽ばたきがいったいどこで起こったのかを遡って解析するのは事実上不可能になってきているということである。

単純な電気信号のやり取りを巨大化していくと、その単純なやり方の集積では処理が非効率になる「臨界点」が必生じるということである。

私は人間の「意識」というものも、そのような「複雑系」を制御するために発展したのではないかと思う。人間の意識が極めて漠然として捉えどころがないところが、その証拠だと考える。

また、化学反応による情報伝達も、そのような膨大な情報を網羅的(ファジー)にとらえて効率的に処理する「進化上の戦略」と考えられる。

だから、生物(人間)の基礎は<化学反応>にあるといっても良い。

生物は反宇宙(反自然)である

「自然」というものをどのように定義するのかはかなり難しい問題だが、究極の自然である「宇宙」というものを考えてみると、この広大なスペースは「エントロピーの法則」によって支配されている。

例えば、割れたガラスを元に戻したり、ミルクと砂糖を入れたコーヒーを元のようにもどすのが困難なように、宇宙のすべての物事は「整然とした状態から乱雑な状態へ変化していく」。これが宇宙の大原則である「エントロピーの法則」である。

その宇宙の法則に反する(少なくともそのように見える)のが生物(生命)である。

生物は地上にわずか0.08%しか存在しない(チタンよりも希少である)炭素をかき集めて、その炭素を中心とした化学反応によってエントロピーの法則に逆らうのだが、その<反自然>状態はそれぞれの生命個体にとっては負荷が大きい。そのため、宇宙線によるDNAの損傷が激しくなり修復よりも新品を手に入れたほうが合理的な状態になると、若い固体に後を託して古い個体は死を迎える。

つまり、それぞれの個体にとって望ましく無いことでも、生命システムにとって「個体の死」はシステム存続のために極めて重要な役割を果たすのだ。

また、生命(人類)がエントロピーの法則に逆らって生きながらえていくためには、元素の中でも「炭素」が極めて重要である。

人間の食物のほとんどが炭素化合物であるが、ジャガイモについてはアダム・スミスの「国富論」でもくどいほど事細かに述べられている。少なくとも18世紀までは食糧は「国富」の重要な要素であったのだ。

現代では、恵方巻の大量廃棄が話題になるほど、食糧は文字通りはいて捨てるほどあるが、そのような状態は、せいぜいここ数十年くらいの間の話である。第2次世界大戦後、英国では長い間食糧の配給が続いたし、日本でも戦後の食料事情は劣悪であった。

もうひとつ現代文明を成り立たせている炭素化合物が石炭、原油、天然ガスなどのエネルギー資源である。

この使用も、本格的になったのは産業革命以後であり、現代文明は豊富な食糧とエネルギー資源という、地上にごくわずかしか存在しない炭素の化合物の恩恵を受けている。

ちなみに、今話題の炭素繊維なども含めて、ハイテク分野での素材開発に炭素は欠かせない。

炭素を中心とした「化学」は、もっと注目されてよい分野だと思う。

なお、本記事は人間経済科学研究所HP掲載の書評『炭素文明論「元素の王者」が歴史を動かす』(佐藤健太郎著、新潮選書)を加筆修正したものです。

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大原 浩
国際投資アナリスト/人間経済科学研究所・執行パートナー

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