世界最大のインキュベーション施設、Station F。
2017年6月、就任間もないマクロン大統領を迎えスタートして1年余。
1年間で11,271件の応募があり、そのうち9%が認められて、スタートアップ1,034チーム、合計4,882人が入居しています。
エッフェル塔を横たえた規模、幅58メートル、長さ310メートル。敷地面積34000㎡。
鉄道省が保有していたかつての貨物駅を大改装したカルチェです。
サンラザール駅やリヨン駅の風情を残します。
ミッテラン大統領が新国立図書館を遺した、そのすぐそば、パリ13区。
高級とは言えない地区ですが、ヨーロッパ最大の中華街があり、再開発が進みます。
その一画をインターネットと電話の「free」の創始者、グザヴィエ・ニール氏が私財200億円をかけて開発。
かつて駅だったオルセー美術館と同様、フランスは古きを残し現代に変えます。
伊勢神宮が20年おきに壊して作り続けてきた1200年の日本とは違うなぁ。
でも、ニール氏がフロアに持ち込むアートは「悪趣味」との評判。
フランス人はそーゆーの厳しいから。
(村上隆さんの3D自画像)
入居社の多くはIT系。B2BのSaaS、AI、 コンシューマアプリ、Eコマースなどです。
インキュベーター、VCとしては、Facebook、MicrosoftといったアメリカのIT巨人、フランスのゲームUBISOFT、TV局TF1、ビジネススクールのINSEAD。
一方、BNPパリバ、LVMH、ロレアルなどIT以外の大企業も参加しています。
製品のプロトタイプを作成する「TECH LAB」も用意され、3Dプリンタ、レーザー切断機などを利用できます。
ただ、これらの利用は活発ではなく、入居者はインキュベーターとスタートアッパーたちの交流、コミュニティ機能に重きを置いている模様です。
入居費用は月200ユーロ。
このため数多くの会議室、イベントスペース、カフェなどを併設しています。
取り分け、敷地全体の1/3を使い、ヨーロッパ最大のオープンなレストランを用意したのが好評。
このあたり、わかってますよね。
マクロン大統領は「フランスをスタートアップの拠点に」というメッセージを発信しています。
経済・産業・デジタル大臣だった当時から推進してきたスタートアップ支援政策の一環でもあります。
最近、彼は「フランスを世界一のAI大国にする」と表明しています。
フランスはスタートアップ支援策「La French Tech」を講じています。
フランス国内のスタートアップ活動のブランド化を目指し、2013年に政府が提唱したものです。
スタートアップへの投資金額、件数は2017年までの3年間で3倍以上に増え、2017年には26億ユーロが投入されたそうです。
ただ、投資額は英国には及ばず、スタートアップブームとはいえ「成果が上がるのは1-2年後からだろう」と現地で聞きました。
ブロックチェーンなどで名を馳せているエストニアは規模が小さく、ヨーロッパではフランス、フィンランド、スウェーデンが元気と言われています。
ここに居を構えつつ、フランス・グルノーブルにあるXEROXのAI研究所を買収し、強力なインキュベーション活動を展開しているのがNAVERフランス。
LINEの親会社、韓国NAVERの子会社です。
そのハン・ソクジュ社長はぼくのKMDゼミ卒業生で、彼の案内で今回は参りました。
NAVERフランスはStationFで12社をインキュベーション中で、VCとしても機能しています。
これまで260億円、10社に投資したとか。
フランスNo.1のeスポーツチームVITALITY、高級スピーカーDEVIALET、VRジャーナリズム企業などのほか、お菓子や生理用品のスタートアップも支援しています。
ここに韓国の優秀な学生を選抜、インターンとして連れて来ています。
シリコンバレーに渡ってしまいがちのトップ級の人材を獲得する手段としてもパリ・StationFという場を活かしているそうです。
La French Techは前政権で文化通信大臣を務めたフルール・ペルランさんが進めた構想です。
ベルランさんは生後間もなくソウルの道端に捨てられ、フランス人の養子となってENAを卒業、30代で入閣した若き伝説の女性です。
彼女の存在がNAVERをフランスに向かわせたようです。
いまNetflexでは、虐げられた幼い主人公がアメリカに渡り、出世して朝鮮に戻り活躍するイ・ビョンホン主演の「Mr.Sunshine」が人気を博しています。
(ぼくは以前ハンさんに勧められ見始めたところハマってしまいまして)
ペルランさんとNAVERの結びつきはそれを上回るドラマを生むかもしれませんぞ。
NAVERは検索エンジンとして韓国内シェア75%。
独自技術でGoogleに対抗している世界的なIT中堅企業として、世界展開を強めます。
「世界はフラットになってきた。同じステージでGAFAを単独で追い抜くのは無理でも、あちこちと連携して面白くしかけますよ。」(ハン社長)
こういう意気込みとスピードで海外で勝負を打つ日本企業がどれくらいあるでしょう。
「StationFには韓国人・中国人は増えました。そういえば日本人は見かけませんね。あはは。」(ハン社長)
そうかい。
存在感を示すためにMr.Sunshineに登場する悪い日本人ぽく、羽織ハカマに刀さしてまた来ます。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2019年2月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。