民主党政権の“モリカケ” 尖閣国有化価格決定の不可解(後編) --- 堀 英二

2019年03月31日 06:01

民主党政権下の尖閣国有化で、地権者から買い取った20億5千万円の算定根拠について、前編では、まずその正当性に疑義が残る経緯を指摘した。そして、当時の毎日新聞(2012年9月12日付)の記事を元に、尖閣の価格算定に「再生費用法」を用いたことを振り返ったが、そのなかで指摘のあった、国土交通省土地・建設産業局検討チーム作成の「算定の考え方について」という文書が筆者の手元にある。ポイントとなる該当部分を切り出してみよう。

国交省資料より

毎日新聞の記事とほぼ整合しているので、この資料が元資料であると考えてもよいだろう。簡単な四則演算のみで算定された、官房長官が言うところの「国が島を保有することの価値」には、埋め立て費用をもとに計算された事実が書いてあるだけだ。外交安全保障、排他的経済水域の維持管理、生態系の保全といった、経済的、非経済的価値に関する考察は一切なされていないし、距離や人口、島間格差といった補正係数が意味するところについても説明はない。

同時に、この報告を国土交通省に依頼したのは内閣官房の庶務を司る内閣総務官室で、国土交通省が内閣総務官室に報告を返したのは9月7日であることが分かっている。であれば、報告の取りまとめを指示したのは、官邸と考えるのが合理的である。政府が取得する土地の価格を、政府が算定したのであれば、そこにどのような意図が働いたのか、と勘ぐられても仕方ない。

なお、この「検討チーム」は、民間人を一時的に公務員として雇用して作られた「臨時チーム」であることも分かっているが、それが誰であったかは、不明なままである。一般人の立場で意見をもらえば済む話を、わざわざ公務員採用したのは、守秘義務を掛けて、検討過程を漏らしたくなかったからではないのか。

森友問題と「相似形」である理由

海保の動画流出で話題になった尖閣沖での中国漁船による海保船への衝突事件(YouTubeより)

改めて時系列で並べてみよう。内閣官房副長官補が日経新聞に買い取り価格をリークしたのが9月2日、国土交通省が内閣総務官室に価格算定の報告をしたのが9月7日、同じ日に内閣官房の関係者が尖閣の現地視察に訪れていたにも関わらず、その視察内容は報告書に全く盛り込まれないまま価格が追認され、11日に売買契約が結ばれたことになる。

この流れを前提にすれば、9月2日時点で、地権者と官邸(最低でも官邸で地権者との交渉を担当していた長浜博行官房副長官(当時))の間で尖閣を都の購入予想価格を上回り、地権者の借入金の返済に大きく寄与できるであろう、20億5千万円での尖閣売買契約に関する合意が成立したのであろうと推論される。その価格を正当化するために、通常の国有財産取引の評価では使われることがない再生費用法を用いた報告書を作成したのではないか、という疑念が拭えない。

政府が売買価格算定の根拠である報告書が完成しない時点(下手をすると、取りまとめの指示すらない時点)で、20億5千万円という数字だけが決まっており、のちにそれを追認・正当化するために報告書が取りまとめられたのだろうか。この推論が事実と証明されれば、国有財産の売買の方向は逆であれ、売買価格形成に政府が介入し、意思形成過程をゆがめた疑惑、という意味で、森友問題と相似形である。

しかも、森友問題の時には総理に対する「忖度」が問題とされたが、尖閣国有化問題は、一貫して総理官邸の専権事項として扱われ、忖度どころか直接介入以外にはあり得ない話である分、罪はより深い。

一連の流れを確認した野田総理は、9日、ウラジオストクのAPEC会場で胡錦濤国家主席と非公式会合を持った。官邸としては、「石原慎太郎の乱暴狼藉」を収めて、胡錦濤と手打ちが出来るつもりでいたのだろう。しかし、胡錦濤主席から返って来たのは、「国有化の違法・無効宣言」と「強い反対」だった。その件を官邸や外務省がどう考慮したのか不明だが、帰国後、野田総理は直ちに尖閣国有化を宣言、売買に突き進む。

野田首相と胡錦濤国家主席(2011年12月の首脳会談より:外務省サイト)

2012年の通常国会の閉会日は9月8日。野田総理は帰国後、国会の審議を経ることなく、予備費での支出を決めた。よって、本件に関する具体的な国会審議は、同問題を2018年の通常国会、衆議院予算委員会で言及した遠藤敬代議士(日本維新の会)の質疑を待たねばならなかった。

一連の尖閣騒動と時を同じくして、中国では、8月上旬から北戴河で新指導部の発足に向け、権力闘争に火花を散らす最中であった。結果的にではあるが、尖閣国有化をAPECの場で宣言され、メンツを潰された胡錦濤が推す李克強は、習近平との権力闘争に敗れた。習近平体制がこうした中で生まれたことを鑑みれば、現中国指導部が尖閣問題で日本と妥協できる余地は、かなり少ないかもしれない。だが、そこに追い込んでしまった責任は、タイミングを考えずに尖閣国有化を強行した野田政権にある。

森友問題よりはるかに罪深い「尖閣疑獄」

野党は今国会においても、「モリカケ問題はまだ終わっていない」と追及する構えのようだ。であれば、本件は、国有地を10億以上余計な費用を掛けて購入し、それが地権者の借金返済のために、意図的に仕組まれたものだったという点で、数字の面だけでも森友問題以上の疑獄問題となる可能性は捨てきれない。

加えて、隣国に、習近平政権という覇権主義的、膨張主義的政権の誕生を後押しした。尖閣国有化の報復として、デモや暴動によって日本企業や邦人の安全や財産を著しく損ね、繰り返し継続的に中国公船による領海侵犯、接続水域侵入を招く結果となったこともあり、安全保障への影響まで考慮すれば、罪深さの点では比較にならない。

「私が今回の交渉をまとめた」(週刊新潮2012年9月20日号)と吹聴していた河相周夫氏は、尖閣国有化後に外務事務次官に就任。河相氏を批判した佐藤優氏によれば、「内閣官房副長官補は外務官僚として『終わり』のポスト」(Sapio2013年8月号)であるそうだから、森友問題で総理を守って出世したと野党が主張してきた谷査恵子氏と比べて、どちらが異例の出世、論功行賞人事になるだろうか。余談ではあるが、その後の政権交代によって安倍内閣が成立、河相事務次官は「能力不足」(同)によって更迭されたというオチもついている。

旧民主党の面々は、モリカケ問題を追及するのと同様の意欲をもって、本件についても歴史の検証に耐えうる検証が出来るのだろうか。これまでの主張通り、疑われた人間が疑いを晴らすべきであると、強弁し続けられるだろうか。できなければ、旧民主党の系譜をはじめ、モリカケ問題を追及してきた野党の存在は無価値である。

と同時に、それは野党と歩調を合わせて、モリカケ批判に邁進してきたマスコミにも当てはまる。国民を代表し、政治の悪を正すつもりがあるのであれば、その信念に従って問題に鋭くメスを入れ、厳しく追及していただきたいものである。

堀 英二 政治アナリスト
大学卒業後、シンクタンク研究員、国会議員秘書などを経て永田町、霞が関の政策動向を分析している。

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