民主党政権の“モリカケ” 尖閣国有化価格決定の不可解(前編) --- 堀 英二

寄稿

20億5千万円。日本と中国の間に位置する、尖閣諸島の魚釣島、北小島、南小島の3島を、日本政府がさいたま市の地権者から購入した価格である。報道によると、地権者の事業の失敗等により、彼の所有不動産には約40億円の抵当権が付いていた。

2012年、野田政権で国有化された尖閣・魚釣島(内閣官房サイト、旧官邸サイトより:編集部)

長年にわたって、中国との間で領有権に関する摩擦が生じていた尖閣諸島問題に危機を抱く石原都知事が、東京都による尖閣購入構想を発表したのは2012年4月16日。広く国民に支持を呼びかけ、15億円弱の寄付を集めた。この寄付分に東京都の予算を追加して、都が概ね上限20億円の価格で買い取る意向だというのが、同年8月上旬時点での報道だった。

これに対し、日本政府は、石原都知事の構想発表以降、一貫して日本政府による所有に拘った。石原構想発表直後の官房長官記者会見で、藤村官房長官(当時)は国有化について言及、政府関係者も石原都知事に対して国有化の意思を表明してきた。安全保障を担保できる国有化は、筋論から行けば都有化よりも理解できる話である。

同年8月19日、野田総理と石原都知事が会談してから、事態は一気に動いた。10月12日付朝日新聞によれば、「(中国と)『戦争も辞さず』みたいな話をして、総理はあきれた」「国として所有しないと、東京都に渡したら大変なことになると(判断した)」と、前原国土交通大臣(当時)が語ったが(藤村官房長官は否定)、このことからも、都有化に対する官邸の焦りは、相当のものだったと想像できる。

そこで、官邸は地権者との交渉を急いだのであろう。同年9月2日付、日経新聞は、政府が東京都を出し抜く形で尖閣3島を20億5千万円で購入する方針であると報道、翌日にはNHKなども続いた。

週刊新潮2012年9月20日号によれば、このリークを仕掛けたのは、内閣官房副長官補(当時)であった河相周夫氏だとされる。同記事によれば、官邸ではなく、外務省筋の意を受けてのリークとある。チャイナスクールが「石原に尖閣を譲ればなにをしでかすか分からない」と、中国の意を「忖度」して動いたのかもしれない。ところが、のちにこれが大失敗につながる結果となった。

ここで、重要な問題がある。週刊新潮2012年8月9日号によれば、石垣市の尖閣3島の固定資産評価証明書による評価額は、当時6018万3125円。不動産関係者等の見積もりでは、通常の商取引であれば、3億~5億円程度であるとの見方が多かった。政府も当初は5億円程度の価格を想定していたようだが、尖閣寄付金が積みあがったことから、東京都の購入価格が上限で20億円程度になると報道され、値上がりを覚悟したようである。しかし、これが国土防衛のために必要な支出であり、そのためにこの金額の支払いには一定の合理性がある、と説明し、国民が納得していれば、政治的にはともかく、手続き的には問題なかった。

だが、政府はそうしなかった。9月10日午後、藤村官房長官は記者会見で尖閣諸島の購入について発表。「他に代替性のない国境離島を取得・保有するという今般の事情の特殊性」を鑑みた結果、「尖閣3島を長期にわたり平穏かつ安定的に管理し続けることの価値を不動産に関する専門家の意見を踏まえつつ評価」して、交渉を妥結した、と述べた。その翌日11日午前の記者会見で、一般会計予備費から20億5千万円の支出を行うことを発表、最終的な売買価格が明らかになる。

翌9月12日付毎日新聞が、この価格決定の詳細を記事にした。以下、全文を紹介する。

那覇空港埋め立て単価基準に 〜 国交省 現地調査から算定 〜

尖閣諸島3島の購入額20億5000万円は、国土交通省内に作られた評価価格算定のための極秘チームが、同諸島を埋め立てで再生する場合の公示価格などをもとに算出した。魚釣島は17億数千万円、南小島、北小島が各1億5000万円前後。メンバーや内閣官房職員らが7日に尖閣諸島に上陸して現地調査し、最終決定。算出額通りの契約となった。

過去には、一般的な離島の取引事例を参考に5億円前後との試算もあったが、今回は価値の算定が困難な土地に使う「再生費用法」を援用。島が水没したと仮定し、利用可能な平坦地を埋め立て工事で再現するために必要な費用を算出した。那覇空港の滑走路増設事業の1平方㍍あたりの埋め立て工事単価を基準に用いた。3島のうち最も大きい魚釣島は約364万平方メートル。島の平坦地約65万平方㍍に那覇空港の工事単価を掛け、公示価格を約570億円と算出。さらに魚釣島が那覇市から約400㌔距離があることなどから減額修正し、約570億円の約3%にあたる17億数千万円を土地の価格とした。南小島、北小島は魚釣島の価格をベースに算出した。

この文章のポイントは3点。

①尖閣の価格算定に「再生費用法」を用いたこと。
②工事単価に「沖縄本島・那覇空港滑走路増設事業」のそれを用いたこと。
③那覇市からの距離を鑑みて「減額修正」したこと。

である。しかし、この記述には、疑問がある。

「再生費用法」による不可解な価格算定

再生費用法とは、一般に環境経済学などで用いられる価値評価手法のひとつで、比較対象が少なく、一般には商取引になじまない事物を価値評価する際に用いられることが多い。酸素供給、水源維持、景観・生態系保全といった、公共財等の観点からの価値を経済的価値に置き換え、その維持管理のための支出を合理化し、ひねり出すための手法として生まれたのが、再生費用法という評価法である。

したがって、過去商取引が行われており、当時賃借料も設定されていて、経済的価値が見積もり可能な不動産に対し、適用してよいのかどうかという疑問は生じる。未確認ではあるが、再生費用法の特徴を考えれば、おそらく、国有財産の商取引における価格算定に、この評価法が用いられたことは皆無であろう。

もし他の取引にも再生費用法を用いて良いのであれば、過疎地の山林や、耕作放棄地といった国税庁が経済的に価値無しとして物納を拒否するような不動産にも、莫大な価値が生じることになり、大混乱が生じる可能性があるからだ。

再生費用法による価格評価を前提とすれば、次に問題になるのは、②、③である。

再生費用法の趣旨を鑑みれば、鑑定対象が消失すれば再建にこれだけ費用が生じる、だから費用を掛けても維持管理しなければならない、ということにならばければならない。したがって、沖縄本島、那覇市からの距離の如何に関わらず、その価値が変動することはあってはならない。遠隔地、過疎地にあるから減額補正を行う、というのは、再生費用法の考え方の趣旨に反する。それどころか、沖縄本島、あるいはさらに遠隔地から用船し、土砂や建機を運搬し、工事関係者を駐留させる費用が掛かる分、むしろ増額補正して然るべきだ。

以上の点を考慮すれば、本件見積もりの正当性は怪しく、同時に同報告書の20億5千万円という算定結果が、胡散臭い数字か理解できるだろう。

ここに、毎日新聞で指摘のあった、国土交通省土地・建設産業局検討チーム作成の「算定の考え方について」という文書がある。該当部分を切り出してみよう。

(つづく:後編はこちら

堀 英二 政治アナリスト
大学卒業後、シンクタンク研究員、国会議員秘書などを経て永田町、霞が関の政策動向を分析している。