日本的雇用慣行が長期停滞を生んだ

2019年05月25日 21:00

言論アリーナでは元日銀理事の早川英男氏と「長期停滞」について考えたが、おもしろかったのは、彼が「主流派経済学者の財政政策提言は日本には当てはまらない」と批判したことだ。彼らが基準にしているのは、2008年以降の世界金融危機の前の高い成長率であり、財政政策でそれに戻ることはできないという。

日本はそういう金融危機を(先進国では最初に)1998年以降に経験したが、そのとき起こったのはリチャード・クー氏のいうバランスシート不況(企業の貯蓄過剰)だった。「資金繰りが行き詰まると会社がつぶれる」と中小企業が萎縮し、銀行の取り立てで従業員に払う賃金がなくなるのを避けるために、銀行預金を手元に残したのだ。

これに対してアメリカ企業の投資不足(資本過剰)の最大の原因は、1970年代までの製造業の黄金時代が終わり、IT(特にソフトウェア)が成長のエンジンになったことによる宿命だ、というのがロバート・ゴードンの分析である。実物資本は過剰だが、資本収益率は高い。

90年代以降のグローバル化の中で、アメリカの製造業は製造部門を中国にアウトソースして水平分業で収益を上げた。スティーブ・ジョブズが1996年にアップルに復帰したとき、アメリカ国内の工場をすべて売却してソフトウェアに特化したが、ソニーにはそれができなかった。国内の雇用を守らなければならないからだ。

その結果、日本の製造業はソフトウェアにも大量生産にも特化できず、グローバル化の流れに取り残され、資本収益率は上がらない。その究極の原因は、企業の最優先の目的が雇用維持だからである。

現実には終身雇用で定年まで勤務するのは大卒ホワイトカラー男子だけで、労働人口の8%程度だ。それは高度成長期に労使双方にとって好都合だったからできた雇用慣行にすぎないが、経営者や官僚や裁判官の脳内には、それが道徳的な規範として刷り込まれてしまった。

こういう雇用慣行は日本だけの特殊なもので、外資系企業の日本法人にも、そんな慣行はない。逆にいうと法律を変えなくても、経営者がその気になれば雇用慣行は変えられるが、企業が単独で変えることはできない。日本の経営者にとって「雇用に手をつける」ことはタブーだからだ。。

それは個別企業の経営者にとっては合理的だが、経済全体では雇用を硬直化して国際競争力を低下させる合成の誤謬が起こってしまう。それによって国内の投資機会が失われたことが、日本の長期停滞の根本的な原因である。これはゴードンとは違う意味で(日本人にとっては)宿命論に近いが、まず大事なのは、それが財政政策で直るなどという幻想を捨てることだろう。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 学術博士(慶應義塾大学)

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