日本企業の労働慣行と後継者育成の親和性を考える

5月29日の日経夕刊「十字路」では、CEOの解任に関する判断基準の明確化、透明化への「取締役会の覚悟」が語られていました。会社の有事には、本気でCEOと向き合う気概を持て、とのこと。ガバナンス・コード改訂版が上場企業の浸透する中で、取締役会改革の実質化が今まさに求められています。

ただ、取締役会はCEOと本気で向き合うだけで企業価値向上が果たせるかというと、そんなに簡単なものではないようです。

コーポレートガバナンス・コードのなかでも、コンプライの一環として後継者育成計画やCEOの選解任の明確化・透明化を図る企業が増えています。私がガバナンス構築の支援を担当している某上場企業さん(甲社)も、2年ほど前からサクセッションプランを実施しております。

最近の経営陣主導の不祥事例や支配権争いに関する事例などをみておりますと、早い段階から後継者を育成することが大切ではないか、うまくいかなければ社外取締役が中心になってCEOの選解任を進めるべきではないか、と思うわけですが、実際にやってみると、「やらなきゃよかった」と思えるような場面に遭遇しますね。

にも/写真AC:編集部

甲社では、これまで社長が次期社長を指名するシステムで後継者が実質的に決まっていましたが、2年ほど前に後継者育成システムを導入し、社内でも後継者候補が早い段階で決まりました。

しかし、この後継者候補の周りには「将来の社長に認めてもらいたい」ということで、後継者を支える会のようなものができて、これがまた現経営陣からみると「優秀だが現社長にかわいがられなかった不満分子」のような方々が、候補者を取り巻いておられます。候補者に吹き込まれる情報は、現経営陣を批判するようなものばかり。そうなりますと、現社長を支えている経営陣との間に派閥の対立ができてしまい、肝心の本業の効率性がとても悪くなりました。

GEの著名な経営者ジャックウェルチの著書などを読むと、3名ほどの後継者候補をあらかじめ社内で競わせて、最終的に現CEOが決定し、上手にCEOの地位を引き継ぐことが自慢話のように書かれています。しかし、こういった後継者育成計画や社長の選解任ルールの透明化、といった指針は果たして日本企業の労働慣行に合致するものかどうか、よく見極める必要があります。

同期入社制度、年功序列、終身雇用といった労働慣行があたりまえで、職務よりも人に対して給与が支払われる企業社会だと、やっぱり経営幹部にとっては「誰についていくか」はとても大切です。なので、早々と後継者候補が明らかになりますと、現社長に批判的な「取り巻き」現象が発生してしまい、現経営陣とうまくいかなくなってしまうケースも出てくるように思います。

後継者を3名ほど指名して競わせるのは良いとしても、人に対して給与が支払われる慣行がありますので、後継者に指名されなかった方はどうされるのでしょうか?(米国のように、職務で転職できるのであればよいのですが、日本ではそんな甘くないと思います)。

CEOの選解任手続の明確化、透明化の実施についても同様です。たとえば社外取締役が主導して現CEOの退任を求めたとします。社外取締役が一番苦労するのは「現CEOとの対決」ではありません。現CEOに家族と自分の人生を賭けておられる経営幹部の方々からの厳しい攻撃です。日本の労働慣行が前提であれば、これは当然かもしれません。このあたりは機関投資家の方々にはなかなか理解していただけないと思います。

組織がひとつになって後継者計画を遂行しようとすると、結局は現CEOが退任後も相談役や顧問としてにらみを利かせて(?)社内抗争を防止し、企業活動の効率性を確保する、といった笑えない事態もありえます(なるほど…相談役・顧問制度はよく考えられた-日本の労働慣行にマッチした-仕組みなのだなぁと感心します)。

よく企業統治改革2.0は「形式から実質へ」と言われますが、その「実質」とは企業だけではどうにも変えることができなくて、日本政府が(どんな選挙結果になろうとも)本気で労働慣行を変える政策を断行しなければ限界があるように思えてきます。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年5月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。