医療人から見る「年金2000万円足りない」問題への違和感 --- 中田 智之

2019年06月17日 06:00

金融庁の報告書が各方面で話題になっている。

歯科医師という仕事柄、高齢者と多く接し、介護施設の現場も見る立場として報告書への所感を書く。

photoB/写真AC(編集部)

1. 月支出は妥当なのか

まず、年金2000万円足りないという試算に関して、月支出が多すぎると感じた。

金融庁資料では収入(年金)20万円に対して支出26万円で、6万円赤字。6×12(年間)×30(年)= 2160万円不足となっている。

今の65才は元気だから、月に26万円ほしいというのは妥当とおもう。臨床での所感としては、特に持病がなければ70代前半まで、ほとんどそれまで通りの社会活動をしているように見られる。

しかしそれも80才前後が限界で、意欲が減退し、旅行や外出なども次第に億劫がるようになり、炊事洗濯など身の回りのことも十全とは言えなくなってくるのが大多数に見える。黒柳徹子氏や、田原総一朗氏(ともに85才)らは国内トップクラスに活力のある80代で、例外だと考えるのが良いだろう。

そうなると消費活動の規模も小さくなり、好むと好まざると必要最小限の生活になってくる。まして95才となると、畑仕事していればニュースになるくらいで、ほとんどがベッドで暮らすというイメージを持つのが良いだろう。

2. 最低ラインを設定する

日本国憲法第25条では、国は国民の「健康で文化的な最低限度の生活」を保障することとなっている。それはどういうものか。じつは、最低生活費というものが厚労省より算出されている。

これは生活保護制度の支給額と直結しており、生活保護受給者は最低生活費で暮らしていることになる。

その額は家族構成等にもよるが、都内の65才高齢者夫婦で約16万円となっている。

仕事柄、生活保護受給者と接することもあるが、基礎疾患のない健康な高齢者やシングルマザーの受給者たちに、少なくとも表面上はあまり悲壮感を感じない。健康で文化的といって差し支えないように思える。

また、介護が必要になると老人ホームなどに入るかもしれないが、これも年金支給額で収まる施設もあるし、生活保護でも入れる。

生活保護需給のネックは資産保持なので、家を手放さないといけないというハードルを感じることが多いかもしれないが、資産価値2000万円以内の持ち家は保持したまま生活保護が受けられる。高齢者の場合はリバースモーゲッジを経ることになる。よって大切な持ち家で長く暮らしたいという意思は尊重される。

3. 過剰な予防は幸せをもたらさない

少し視点を変えて例え話をすると、医療でも疾病予防は重要だが、近年はどちらかというと「予防しすぎ」のほうが問題になっている。

つまり、予防には「病気が治った」というゴールポストがないため、やろうと思えばいくらでもできる、肥大化してしまう特性を持っている。

年金に関しても、95才の自分というのをイメージせずに、今の生活がずっと続くという前提で試算してもあまり意味がないという点で似ている。

さらに、年金だけで生活費を贖おうというのは、保有財産を切り崩さず相続したい前提もあるのではないか。財産相続は後期高齢者から前期高齢者にお金がうつるだけなので、流動性のまったくない、社会の内部留保になってしまう。これは高齢者が財産を背景に家族から尊重される効能はあるが、社会的には価値を産み出さない。

また、金融庁側はこの家族内内部留保を投資という形で市場に入れたいという意図も感じられる。今回の報告書は様々な議論が起こった点で有意義だ。しかし多くの人はこの提言を見て投資せずに預金すると思うから、長生きのためにお金が必要だという主張は、さらに市場の流動性を下げる結果に繋がらないかと危惧している。

まとめ

以上から、もし幸運にも95才まで生きる約1割になったとき、不幸にもお金が足りなくなってしまっても、国は最後には生活保護というセーフティネットを用意しているので、現時点では心配しなくても大丈夫だ。

そもそも、95才まで生きる幸運な1割に入れるかどうかわからないし、交通事後や悪性腫瘍で明日命を失うかもしれない。必ずしもあらかじめ2000万円満額用意する必要も、100才まで生きたらどうしようと怯える必要もないと考えている。

ただし、もちろんこのままで大丈夫というのではない。そもそも年金制度自体が大赤字だから、将来的に現状の給付水準を維持できない。その中で高齢者の生活保護受給者が増えれば、当然財政は圧迫されるだろう。可及的速やかな制度の見直しは必須である。

私としては、高齢者にワークシェアや時短勤務などで社会参加と収入を得る機会を提供したうえで、最大限の自助を求めつつ、最後の最後は最低生活費を基準としたセーフティネットがある、という制度が望ましいと考えている。

年金や資産運用という金融的な発想だけで考えるのではなく、様々な高齢者支援制度の合理的運用も含めた、本質的な議論が進むことを期待している。

中田 智之 歯学博士
専攻は歯周病学。国家資格である歯周病専門医を目指し勉強中。現在認定医。

【おしらせ】「年金」に関する論考を緊急募集中です

官邸サイトより:編集部

2019年6月後半の緊急公募原稿のテーマは「年金」です。参院選が近づく中、「老後資金に2000万円が必要」とした金融庁の報告書を巡って、政局が緊迫してきました。政権与党が守勢に回る場面が目立ちますが、野党も現実的な対案を持っているようには思えません。

参院選で「争点」に浮上しつつある年金問題。あなたのご意見をお寄せください。

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