元日産・志賀氏の記事で思い出す「ルノー偽スパイ事件」 --- 山下 丈

2019年07月18日 06:00

日産自動車の元最高執行責任者(COO)、志賀俊之氏のインタビュー記事『ゴーン氏の右腕だった志賀俊之・日産元取締役が初めて語る「ルノーの変節」』が16日、ダイヤモンド・オンラインに掲載された。

日産COO在任中の志賀氏(2010年撮影、日産HPより=編集部)

志賀氏は「実務の議論は、日産COOである私とパトリック・ペラタ(ルノーCOO。当時)に任せられていたので、ペラタさんとは電気自動車向けバッテリーの共通化などをめぐって何度もやり合いました」という。現在、日本とフランスの捜査で問題となっているオランダ統括会社について、「すでに設立されていた両社の統括会社RNBV(ルノー・日産BV)をフル活用して、ハードシナジーをトップダウンで追求するようになるのです。ゴーンさんがどこかで変節したとするならばRNBVの影響は大きかったと思います」と語った。

表題は「ルノーの変節」だが、内容では「ゴーン氏の変節」が示されている。今回の事件を見て「当時」を振り返るとすれば、ゴーン元会長が今日の事態に至るにつき想起されるのは、今なお「フランス産業スパイ事件最大の失敗」の1つとされるにも拘わらず、かえって権力を増すきっかけとなった事件である。

2011年1月、ルノーは、電気自動車部門の中核社員3名を、中国企業に機密情報を売ったことを理由に解雇したと発表。ゴーン会長(当時)は、複数の証拠があるとテレビで語った。国家の利益に関わる事件として、フランス政府は国内情報中央局(DCRI)に直接捜査を命じた。中国政府はこれを否定し、不快感を示した。

ルノーのスパイ事件は、前年8月、当時のペラタCOOほか数名の同社幹部のもとへの匿名告発に始まる。送りつけられた手紙は、3名の社員の実名を挙げ不正行為を非難していた。内部調査の最高責任者はペラタCOOだったが、実際にはゴーンCEOが掌握し、旧知のセキュリティ会社代表と2名の同社社員を専担とした。

この社員の1名は、元国防保安局(DPSD)職員だったが、万能の自前の「情報源」に依拠し、3名の容疑者が国外に銀行口座を持っていて、中国企業から送金が行われている事実などを報告した。「情報源」に対する報酬は、その都度ルノーから支給された。

これでもう十分に容疑が確かめられたとして、2011年1月3日、3名に解雇が言い渡された。その上でゴーン会長がテレビ会見に臨んだのだが、半年かけての調査の結果としては、実は半分しか口にしていなかった。それが、「黒幕は、志賀COO」というものだった。

「情報源」によれば、中国マネーは香港、シンガポール、そしてマルタの銀行を経由しており、マルタの銀行口座の所有者コードは「YAMAWAKA」であるという。部下からその事実を告げられたセキュリティ会社代表は、日本での仕事経験があり、ゴーン会長に知己を得たのも日本だったため、驚くべき事実を解明した。「ヤマワカ」は「和歌山」であり、志賀COOの出身地である。「情報源」もこれを志賀口座と認めた。マルタの銀行口座には機密情報の報酬以外に大金が残されており、それが志賀COOの取り分らしい(Matthieu Suc, Renault NID d’Espions, 2013, pp.61, 136)。

「情報源」から次々に情報がもたらされ、いつしか調査の重点は3名の容疑者から志賀COOへと移っていた。ゴーン会長はこの部分だけ「極秘」扱いとし、セキュリティ会社の3名以外に知らせず、「情報源」を持つ社員が情報をもたらすと、他の1名がこれを分析整理して代表者に渡し、報告を手にした代表者とゴーン会長は2人だけで密談した。「志賀COOのことは自分で扱う。徐々に遠ざけるようにする」というのだった(Suc, pp.65, 138)。

2011年3月11日午後(日本時間)、東北・北関東を震災が襲い日産いわき工場も深刻な被害を蒙った。仏時間同日朝、その知らせがパリのゴーン会長のもとへ届く。同日夕刻、セキュリティ会社の3人組がいきなりDCRIに身柄を拘束された。解雇3名の国外口座は実在せず、セキュリティ会社側がルノーに対する詐欺を働いたという容疑である。

いくつかの仏報道機関が志賀COOもルノーの調査対象とする記事を書き、ルノー側は対応に窮した。ゴーン会長の方針は、「砂上の楼閣」に終わった志賀調査の事実は否定し、この点についてはDCRIにも捜査協力しないというものだった。

ルノーは冤罪の犠牲者にだけでなく仏政府にも謝罪を余儀なくされた。解雇した3名には補償と復職を約束し、社内調査の最高責任者ペラタCOOは辞任、ゴーン会長は報酬等の一部返上で応じた。セキュリティ会社の社員は「情報源」の正体を決して明かさなかったため、スパイ事件の背後関係や、彼の一人芝居だったかどうかも判っていない。志賀COOの退任は、これから2年後のことである。

ペラタ元COOは、現在、自動運転技術関連ほかの企業数社を経営し、今年2月には、マクロン大統領の委嘱を受け、同国における将来の自動運転車製造に関する報告書を作成している。なぜ彼は、あっさり辞任したのだろうか。当時のルノー社内では、CEOとCOOの権力闘争による陰謀論も囁かれたが、ゴーン会長に退任を迫る政治圧力もあったようで、2人のどちらかの演出とするには、リスクが大きすぎるように思われる。

7月10日の2度目のルノー本社捜索では、ゴーン会長のコンピュータ機器等の押収が報じられた。仏報道によれば、これには「奇妙なコンピュータ専門家」の存在が関係している。この人物はルノー社員ではなく、ゴーン会長が個人採用したもので、ボロレCEO(と連絡役)しかその存在を知らず、15台の会長専用通信端末を誰も立ち入れない部屋で管理していた。

この図式は、偽スパイ事件の調査に社外の個人的知り合いを任用したゴーン氏の秘密主義を思わせる。それとも、志賀元COOが言うように、「日産とルノーという“2つの帽子”をかぶることで互いの株主の利益を損なわないよう、非常に神経質になっていた」ということなのだろうか。

山下 丈(やました  たけし)日比谷パーク法律事務所客員 弁護士
1997年弁護士登録。取り扱い分野は、商法全般(コンプライアンス、リスクマネジメント、株主総会運営、保険法、金融法、独禁法・景表法、株主代表訴訟)、知的財産権法(著作権、IT企業関連)。明治学院大学法科大学院教授などを歴任。リスクマネジメント協会評議員。日比谷パーク法律事務所HP

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