「利上げしたらインフレになる」ケルトンの珍理論

池田 信夫

MMTの提唱者であるステファニー・ケルトンが日本に来て、マスコミ各社を集めた記者会見を開いた。質問が集中したのはインフレの部分だ。彼女は「20年デフレが続く日本でインフレの質問ばかり出てくる」と笑っていたが、それは彼女のインフレについての説明が破綻しているからだ。

MMTの「財政赤字を増やしても自国通貨でファイナンスすれば政府はデフォルトにならない」というのは自明の理だが、無限に印刷するとハイパーインフレになる。だから財政支出の唯一の制約はインフレだと彼女も認めているが、その対応策はあやふやだ。

(質問)インフレをコントロールするのは税制だというが、すぐ増税することはむずかしい。インフレをどうやってコントロールするのか?

(ケルトン)物価指数を構成している要素によってインフレを把握しなくてはならない。エネルギー・住宅・医療の比重が大きいので、そういう物価が上がるとインフレになる。だからそういう源泉を把握して対策をとらなければならない。もしインフレの原因が医療費だとすれば、政府は処方薬の薬価について交渉しなければならない。

こういうグダグダの話が続く。普通はインフレになったら、中央銀行が金利を上げて総需要を抑制するが、MMTには金利の概念がないので、インフレをコントロールする手段は、薬価や賃料などの価格に政府が直接介入する所得政策しかないのだ。

(質問)インフレが起こったら金融を引き締めるのが普通だが、MMTはどうするのか?

(ケルトン)需要に対して供給能力が足りなくなったらインフレになる。そのときは金融を引き締める必要があるが、インフレかどうかは、個別の商品の価格を調べないとわからない。

つまりMMTにはインフレかどうかを判断する基準がないのだ。これは日本では雇用保障(JGP)の話を封印したことが原因だろう。本家のMMTでは、インフレが起こるのは完全雇用になったときだから、失業率ゼロがインフレの基準だ。

JGPは完全雇用になるまで失業者をすべて雇うので、失業者がいなくなるとJGPは終わってインフレも止まる。だからJGPが「自動安定化装置」だということになっているが、インフレになるGDPが完全雇用と一致する根拠はない。不完全雇用でもインフレは起こるので、どこで止めるのかわからない。

インフレの判断基準がないので、それを止める政策もない。MMTでは増税はインフレを止める政策だが、インフレが起こったときすぐ増税はできない(これは彼女も認めた)。普通は金利や物価指数を見て中央銀行が調節するのだが、MMTでは国債と通貨は同じなので、中央銀行のオペレーションには意味がない。

最後は利上げしたらインフレになるという珍理論が出てきた。

(質問)金利を上げたらインフレになると考えているのか?

(ケルトン)金利を上げると企業のコストが増えて値上げするかもしれない。また金利を受け取る人々の所得が上がってインフレになる。

これが本当なら、日銀が2%のインフレ目標を達成するのは簡単である。政策金利を引き上げればいいのだ。彼女が金融政策を理解していないことは、これだけで明らかだ。

MMTは不完全雇用の理論なので、ほぼ完全雇用の日本で財政赤字を増やす理由がない。全体として物価や金利など具体的な数字がまったく出てこない、無内容で支離滅裂な話だった。これで日本のMMTブームも終わるだろう。