高級コンパクト デジタルカメラの「仁義なき戦い」

長井 利尚

キヤノンは7月9日、1インチセンサーを採用した高級コンパクトデジタルカメラ(以下、「コンデジ」と略す)「PowerShot Gシリーズ」の新製品「PowerShot G5 X Mark II」、および「PowerShot G7 X Mark III」を8月上旬に発売することを発表した。

PowerShot G5 X Mark II(左)とG7 X Mark III(キヤノンHPより)

これに対し、ソニーは26日、1インチセンサーを採用した高級コンデジ「RX100シリーズ」の新製品「RX100 VII」を8月30日に発売することを発表した。フルサイズミラーレス一眼の旗艦機「『α9』同等の高速・AF性能を実現した」という。「狂気」を感じる。

RX100 VII(ソニーHPより)

近年、スマホに搭載されたカメラの性能が著しく向上したことにより、低スペックのコンデジの大部分は淘汰され、スマホのカメラでは撮れない写真を撮れる高級コンデジや、特殊なコンデジだけが生き残った。

そもそも、コンデジ普及の端緒を開いたのは、カシオ計算機が1995年に発売した「QV-10」という画期的な機種であった。「QV-10」以前にもコンデジは存在していたが、背面液晶パネルがなく、撮影した写真をその場で確認することができなかった。「QV-10」のスペックはお粗末なものだったが、手頃な価格と、フィルムカメラでは不可能な、撮影直後に画像の確認ができる機能が高く評価され、カメラはフィルムからデジタルに移行していく。

QV-10(国立科学博物館HPより)

「QV-10」のヒットを見たカメラメーカー、家電メーカーなどが一気にこの市場に参入し、瞬く間にレッドオーシャンになってしまった。

2005年にCONTAXブランドで頑張っていた京セラが、競争激化によりデジカメ市場から撤退した。2006年にはコニカミノルタがカメラ事業全般からの撤退を表明し、一眼レフ部門をソニーに譲渡した。

国立科学博物館の重要科学技術史資料(未来技術遺産)に認定された名機「QV-10」を生み出したカシオ計算機は、2018年5月9日、不採算のコンデジからの撤退を正式に表明した。末期には、独自のアイディアに基づく新製品を投入したものの、市場縮小に抗うことはできなかった。

さて、かつての高級コンデジは、1/1.8インチ以上の大きさのイメージセンサーを搭載したものであった。安いコンデジよりセンサーのサイズが大きく、描写力に優れていた。私が最初に導入した高級コンデジは、2005年にリコーが発売した、1/1.8インチセンサーを採用した「GR DIGITAL」だった。私がフィルム時代に愛用していた高級コンパクトカメラ「GR1」をデジタル化したもので、シンプルで良いカメラだった。

次に導入したのは、2007年に発売されたキヤノンの高級コンデジ「PowerShot G9」(1/1.7インチセンサーを採用)。単焦点レンズの「GR DIGITAL」とは違い、ズームレンズなので、非常に使い勝手が良かった。

以降、2012年10月に発売されたキヤノン「PowerShot G15」に至るまで、私は1/1.7インチセンサーを採用した高級コンデジを使い続けてきたが、この頃、高級コンデジ市場では重大な「地殻変動」が生じていた。

RX100(初代、ソニーHPより)

ソニーは、2012年6月、新開発の1インチセンサーを採用した高級コンデジ「RX100(初代)」を発売した。1インチセンサーは、安いコンデジに採用されることが多い1/2.3インチセンサーの約4倍の面積をもつ。1/1.7インチセンサーと比べても、かなり大きい(約2.76倍)。画素数は20MPなので、一般的な使い方には十分以上。トリミングにも耐えられる。

それ以降、2013年に2代目の「RX100 II」、2014年に3代目の「RX100 III」と「RX100シリーズ」に新機種が加えられていった。7代目が、8月30日に発売予定の「RX100 VII」である。

キヤノンは、2013年発売の「PowerShot G16」までは1/1.7インチセンサーを採用していたが、2014年、初めて1インチセンサーを採用した高級コンデジ「PowerShot G7 X(初代)」の発売にこぎつけた。私は2代目の「PowerShot G7 X Mark II」(2016年4月発売)の「コンデジとしては」という枕詞が要らないほどの高性能と、使いやすさに感激して導入し、現在まで愛用している。鉄道ホビダス「今日の一枚」では、このカメラで撮影した写真を多数発表してきた。

一眼カメラと違い、レンズ交換はできないが、24mm-100mm(35mmフルサイズ換算)レンズで対応できる範囲であれば、最早、「一眼カメラ要らず」の時代になったと言ってもいいと思う。

「PowerShot G7 X Mark II」は、市場に強く支持された名機である。しかし、その上位機にあたる「PowerShot G5 X」は、販売が奮わなかったようだ。背面液晶だけでなく、EVF(電子ビューファインダー)も搭載しており、見た目は一眼レフのミニチュアのような形をしている。これは、レンズの光軸とEVFの位置がずれておらず、自然に撮れるメリットがあるものの、EVFの部分が飛び出しているので、携帯性はどうしても犠牲になる。

一方、ソニーが「RX100 III」以降で採用しているのは、ポップアップ式EVFである。「PowerShot G5 X」とは逆に、レンズの光軸とEVFの位置はずれているものの、EVFを収納することができるので、携帯性に優れている。市場は、ポップアップ式を支持した。

その結果、「PowerShot G7 X Mark III」と同時発売になる「PowerShot G5 X Mark II」は、先代の一眼レフ風のかさばるEVFを捨て、キヤノン初となるポップアップ式のEVFを採用し、「RX100シリーズ」を本気で潰しに来たようだ。

以前の記事でも書いたが、2017年、ニコンは1インチセンサーを採用した高級コンデジ市場への参入を撤回した。そのため、高級コンデジは、パナソニックなどにもあるものの、キヤノンとソニーの2強が激しい抗争を繰り返す、壮絶な「戦場」となっている。

長年、カメラ界に王者として君臨してきたキヤノンに、一眼カメラ市場のみならず、高級コンデジ市場でも本気で戦争を仕掛け続けるソニー。歴史あるカメラメーカー・ニコンですら遁走したこの「戦場」で、2強は今後も生き残ることができるのか。「仁義なき戦い」の行方を、今後も注視していきたい。

長井 利尚(ながい としひさ)写真家
1976年群馬県高崎市生まれ。法政大学卒業後、民間企業で取締役を務める。1987年から本格的に鉄道写真撮影を開始。以後、「鉄道ダイヤ情報」「Rail Magazine」などの鉄道誌に作品が掲載される。TN Photo OfficeAmazon著者ページ