表現の不自由展中止:朝日と読売の扱いが違いすぎてワロタ

新田 哲史

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」の中止を巡る問題は、すでにネット上で様々な意見が噴出しており、アゴラでも続々とエントリーがなされている。

ただ、ここまでの議論は複雑化している。アゴラの寄稿はまだ本質を突いているものの、マスメディアや大手ネットメディア、SNS上の論戦のポイントが、表現の自由の問題なのか、日韓の外交問題なのか見えづらく、迷走気味と言わざるを得ない。

その最大の要因は、論争がともすれば党派性を帯びた感情的なものになってしまっているからなのは否定できまい。そして、毎度のことながら新聞各紙の扱いがあまりに違うことは、その象徴的な現象と言える。

まず朝日新聞。紙面を見る前から天地がひっくり返ったような騒ぎをすると思っていたら、期待(?)にたがわなかった。1面トップは言うに及ばず、その裏の2面「時時刻々」はスペシャル版で紙面全てを使った。

その中身は、芸術祭の実行委員会長でもある大村秀章愛知県知事と、芸術監督を務めた津田大介氏の記者会見の詳報や、問題の企画展の主な作品一覧、さらには左派の学者の「識者談話」をつけた。

こういう時の「識者談話」は実質、朝日の本音を代弁するために載せているようなものだ。上智大学元教授の田島泰彦氏(メディア法)には「政治家の中止要求、検閲的行為」だとして、名古屋市の河村たかし市長(談話では実名回避)らの言動を批判させ、あるいは、早稲田大学の戸波江二名誉教授(憲法学)には「混乱を理由に取りやめるのは反対派の思うつぼ」と言わせて、保守側をdisる。

そして締めは第1社会面の左サイドを使って、来場者の声など現場雑感、あるいは出展者や、日本ペンクラブによる中止への抗議声明も掲載している。紙面のトーンは圧倒的に「表現の自由」を侵されたという論調であり、さほど保守でなくても少女像に対する違和感があるような向きは報道しない。まあ、相変わらずの「角度の付け方」に徹していて、きょう月曜朝刊に出てくるであろう本件の社説の中身など読まなくても想像できる。

一方、読売新聞はといえば、第2社会面の準トップですらなく、3番手扱いの2段見出しで企画展中止の本記(ストレートニュース)を載せただけだった。当該記事の左隣にある第2社会面のトップは、偶然かもしれないが、甲子園大会の投手酷使の問題にしているくらいだから、ある意味、「アンチ朝日」のポジショニングを遺憾無く発揮したような構成で、ここまで差異が徹底化すると、おかしくて笑いが止まらない。

筆者が購入した紙面は朝日も読売も東京本社発行の23区発売の版なので、読売も名古屋で作られる中部支社発行版の扱いはもう少し大きいのかもしれないが、それでも朝日ほど騒いではおるまい。

ちなみに、毎日新聞は第1社会面トップの掲載にして、かなりのスペースを割いたが、ことの経緯を説明した本記と識者談話はそこに集約。全国紙“最右翼”の産経新聞はベタ記事かと思いきや、意外にも第1社会面の準トップ扱いだった。

全国紙の日頃の党派性からすれば、左右両陣営の扱い方の大小は想定どおりとも言えるが、しかし、毎日、産経と比較しても、朝日は「騒ぎすぎ」読売は「小さすぎ」と言ったところだ。

「分断」なのか「価値観の多様化」なのか、両紙の扱いの如実の差は、いまの世相を示しているようにも思えるし、そうした時代において新聞社が果たすべき役割うんぬんといったメディア論議にはなろう。

しかし、そんなことよりも、元新聞記者として深刻に思うのは、ツイッターで検索しても、この両紙の扱いの差が大して話題になっていないことだ(4日深夜)。歯止めがかからない部数減の根深さをここにも見るようで、朝日と読売の紙面の扱いの差といったこと自体がもう話題にならなくなってしまったのではないのか。表現の不自由展中止問題は、ひさびさに左右真逆の反応が露骨だった事件であった一方で、新聞の影響力や経営の問題のいまを垣間見るようだった。

なお、メディア論ついでに最後に一つだけ宣伝させてもらうと、アゴラでもおなじみ、毎日新聞と格闘中の原英史さん主宰の動画番組でYahoo!ニュースの問題点を議論したので、ぜひご覧ください(超早口だったのが反省💦)。

新田 哲史   アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」