「文官の流儀」を身につけた昭和陸軍

2019年08月18日 06:00

昭和陸軍は「横暴」だけだったか

アジア・太平洋戦争が終結して74回目の夏を迎えた。世間一般はもちろんネット社会でも「なぜ、あの戦争が起きたのか?」という議論が盛んである。

Wikipedia:編集部

戦争を引き起こした主体については様々な議論があるが、陸軍が最大の役割を演じたことに異論はないだろう。

「アジア・太平洋戦争への道」を舗装した陸軍はもちろん昭和期のものであり、ここではシンプルに昭和陸軍と呼ぶ。

満州事変に象徴される独断行動、2.26事件という空前の不祥事、軍部大臣現役武官制や陸軍大臣辞任を背景とした内閣打倒、国会総動員法審議の際の恫喝など「昭和陸軍の横暴」が日本を破滅に導いたという意見は多い。確かに昭和陸軍は横暴だった。

しかし角度を変えてみれば「横暴」とは違う側面も見え、むしろその面こそが昭和陸軍の政治力の源泉だったのではないかと思うほどである。

だからここでは横暴ではない昭和陸軍の面について触れてみたい。

戦闘集団を超えた存在

「軍隊とは何か」と問われればほとんどの者が「戦闘集団」と答えるのではないだろうか。軍隊は他人を殺傷することを目的とした組織であり、その目的のために平時から兵器を用いて訓練に励んでいる。軍隊はあくまで技術集団であり、軍人は兵器に従属する存在に過ぎず、そこには個人の恣意が入る余地のない「純粋さ」すら窺える。

しかしこの「軍隊=戦闘集団」という視点で昭和陸軍を見ると当惑してしまう。

昭和陸軍は1934年(昭和9年)10月に「国防の本義と其強化の提唱」という一冊のパンフレットを発行した。その内容は兵数の増員、兵器の更新・増強と言った単なる軍事力の充実ではなく「国民生活の安定」「農村漁村の更生」「経済の整調」にまで言及したものだった。

現在で言えば自衛隊が年金改革や農協改革、地方振興を訴えるようなものである。

昭和陸軍は明らかに戦闘集団を超えた存在だった。それは特定の地方出身者が多いとかそういう次元ではなく一つの政治勢力として社会全体の改革を志向していた。

昭和陸軍が戦闘集団を超えた存在になった理由は第一次世界大戦を奇貨とする戦争形態の変化が挙げられる。第一次世界大戦は国家を構成する全資源を戦争資源に転換する「総力戦」だった。ヒト・モノ・カネの全てが戦争資源に転換された。

陸軍は「次の戦争」を総力戦と確信し、軍事分野のみならず非軍事分野にまで視野を広げ研究・行動し、その結果、誕生したのが昭和陸軍である。

そして総力戦を意識する昭和陸軍にとって日常を構成する全てのものが潜在的戦争資源と映るようになった。

「文官の流儀」を身につけた昭和陸軍

社会改革を志向した昭和陸軍だが、それは必然「文官」との関係強化をもたらした。軍人が経済を分析するよりも「餅は餅屋」の発想で「文官」の協力を仰いだ方が効率的である。安倍首相の祖父たる岸信介はこの種の「文官」のチャンピオン的存在だった。

岸信介(Wikipediaより:編集部)

岸は関東軍の圧倒的影響下にあった満州国中枢の文官に就任し辣腕を振るった。満州国は「軍官連携」の実験場だった。そして軍官連携を通じて昭和陸軍は「文官の流儀」を身につけていった。

組織として社会改革を志向した昭和陸軍だが、内部抗争も激しかった。いわゆる「統制派」と「皇道派」の争いがあり、大雑把に言えば前者は「社会改革を目指す昭和陸軍」の推進力そのものであり立法、予算編成、他官庁との折衝などが出来る洗練された軍人達から成っていた。後者も社会改革を志向していたが、彼らは軍の末端と無責任な大幹部(荒木貞夫、真崎甚三郎)から成っていた。両者の差は実務能力だろう。

両者は1936年(昭和11年)2月26日に衝突し、その結果、皇道派は敗れた。

2.26事件により皇道派は消滅し統制派が昭和陸軍内の覇権を握った。彼らは兵器を操る人間ではない。彼らが操るのは法律と予算である。

しかも大日本帝国が目指すべき社会体制を国民に示すことも出来た。昭和陸軍は「文官の流儀」を身につけることで卓越した政治勢力となった。

この昭和陸軍の中でも徹底して「文官の流儀」を身につけたのが東条英機であり、彼の内閣で対米開戦が決断されたのは実に印象的である。

知的で洗練された自衛官

戦後日本では「昭和陸軍の横暴」が強調されたため自衛隊はとにかく低姿勢、抑制的であるべきだとされた。その究極は文官が自衛隊を統制する、いわゆる「文官統制」である。

具体的には防衛大臣による自衛官への指揮監督は文官の補佐を前提とした。

しかし戦後が長引くとともに「文官統制」への批判は強まり、現在は廃止されている。

「文官統制」が廃止されるということは、自衛隊が「文官の流儀」を学ぶということである。もちろん「総力戦」は過去の戦争形態だから自衛隊が昭和陸軍のようになるとは考えにくい。とはいえ軍人が「文官の流儀」を学ぶことはともすれば絶大な権力を握る可能性があることに留意すべきだろう。

もし将来、自衛隊が政治的に台頭するとしたら、そこに「横暴」な面はほとんど見えないだろう。政治的に台頭する自衛隊は昭和陸軍のように法律と予算のエキスパートであり国会答弁も難なくこなすだろう。もしかしたら容姿や声も素晴らしいものかもしれない。

「知的で洗練された自衛官」が政治家以上に政治的に振舞っているのではないか。

戦後74年を迎え自衛隊の活躍が期待されている現在、我々は昭和陸軍の文官の面に目を向けたうえで文民統制について改めて考えてみてはどうだろうか。

参考文献
秦郁彦『軍ファシズム運動史』河出書房出版社、1962年
大前信也『政治勢力としての陸軍:予算編成と二・二六事件』中央公論社、2015年

高山 貴男(たかやま たかお)地方公務員

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