瀧本哲史さんとの思い出(上)相手を論破するも不思議に建設的

朝比奈 一郎

まだ、上手く受け止められていません。
大学のサークルでお世話になった瀧本哲史先輩のご逝去のことです。

瀧本氏の訃報を伝えるNHKニュース:編集部

ただ、混乱した気持ちが落ち着くのを待っていても、そのタイミングはすぐには訪れない気がしますし、また、ここ数日で膨らんだ感情に自分なりにケリをつけるためにも、現時点での想いをできるだけ言語化してみようと思います。

まず、なぜ、まだ47歳の瀧本先輩がもうこの世にいないことを受け止められないのかということを自分なりに考えてみるに、才子多病とは言いますが、恐らく、瀧本さんは病や貧困など常人が煩悶する苦難は、いとも簡単に乗り越えるというか、そもそも、そうした事態にならないようにするに違いないと思わせる巨大な知性・理性の持ち主だったからだと思います。

確かに瀧本先輩は、健康優良児的な外観では全くなく、むしろ文弱という感じでしたが、少なくとも私はその巨大な理性で健康リスクなどは跳ね飛ばせるはずだと受け止めていましたし、実際、体調が悪くて何かをキャンセルされるとか、そのせいで不機嫌になるということは、私の知る限り皆無でした。

書きながら改めて思いますが、そう、私の知る瀧本先輩は「知性・理性の塊」すぎて、それが「体調」だったり「感情」ごときに邪魔されるのを良しとしない、しかも、そんな相克が生じること自体あり得ない風情を常に見せる「精神の貴族」という言葉がふさわしい方でした。

私が瀧本さんに主にお世話になったのは、大学のサークル時代です。瀧本さんは、私が一年生として入部した時の4年生でした。(ここからは、普段使っていた「瀧本さん」で行こうと思います)

我々が所属していた一高東大弁論部は、大学1・2年生が主に活動するサークルで、部長は常に2年生でした(注:東大では1・2年生は全員が教養学部に所属し、駒場キャンパスに通います。3年生から、法・経済・工・理・医などの専門に進み、主に本郷キャンパスに通います)。いわゆる駒場のサークルだったので、日頃の活動で法学部生になっておられた瀧本さんと会うことはありませんでした。が、頻繁に行われる合宿や弁論・ディベートの大会に来て下さる、とても面倒見の良い先輩でした。

私自身の反省も込めて言えば、多くの3・4年生が自分の就職活動、或いはそのための勉強に忙しく、また、何となく駒場のサークルに頻繁に顔を出すのは「あの先輩は弁論部以外に行き場が無いのでは?」と思われそうで嫌だ、といった事情で集まりには来ない中、部長OBというわけでもない瀧本さんの「顔出し率」は傑出していました。

正直に言えば、そうした瀧本さんの動きを当時の私は半分感謝しつつ、半分は、今にして思えば、どこか軽蔑していたような気もします。あの人は、暇なのだろうか、或いは、後輩相手に議論をふっかけて何か楽しいのだろうか、と。

議論をふっかける、と書きましたが、合宿等に来て後輩たちと「夜通し議論する」瀧本さんは、実に楽しそうでした。後述しますが、決して「夜通し語らう」ではないところが重要です。

議論中もそれ以外の時も後輩が相手でも常に丁寧語で接してくださり、論理はキリのように鋭く畳み掛ける感じもありながら、語調で相手を威圧する感じは微塵もありませんでした。「違う違う。そうじゃなくて、だから、~~なんですよ」という感じの口調で早口で話される瀧本さんが今でも目に浮かびます。

私の記憶では、瀧本さん自身が何か主義主張をぶち上げて議論する、ということは少なかったように思います。後輩たちの大言壮語について様々な角度から論破したり、議論を補強したりするというスタイルで、「こんな見方もあるよ」というパースペクティブの提示を楽しまれている風でした。

後に瀧本さんは、戦略コンサルとして有名なマッキンゼーで活躍されますが、職業で言えば、政治家や起業家というより、いわゆるコンサルや評論家が似合っていた気がします。

そして、それらの議論は、たとえ、ある主義主張を論破していても不思議に建設的で、最近のネット上の議論にありがちな議論相手への人格攻撃にはなることがなかったように思います。先ほど「議論をふっかける」という表現を使いましたが、他に良い言葉が見当たりませんが、必ずしも正しくないかも知れません。

合宿では、大体が、夜も更けてくると、議論というより、プライベートその他を「語らう」、という感じになるわけですが、私の知る瀧本さんは、まさにご著書の『君に友達はいらない』ではないですが、「語らう」に逃げることなく何かを産み出す「議論」であり続けました。語らいモードだと、通例、家族のこと、恋人のこと、出身地や将来への想いなどを吐露し合って、共感し合うところに入って行き、酒を肴に絆を深めたりするわけですが、私の知る瀧本さんは、実際におっしゃっていたわけではないですが、「えっ、そんなことで絆って深まるのですか。そもそも深める必要性についてメリットを3点挙げて、それがデメリット以上であることを証明してください」といった風情に見えました。

そうした個人的な情報は、相手の論拠を知るためのデータであり、それ以上でも以下でもない、ということだったのだろうと思います。ちなみに、瀧本さんが酒を飲んでいるのを私は見たことがなく、おそらく、意味を感じられなかったんだろうと思います。

このメリット・デメリットの比較衡量は、私見では、論理的思考を重視される瀧本さんの根幹をなす部分でした。私たちの世代が弁論部関係の集まりで瀧本さんから何度となく聞かされたディベート論(その必要性や教育における意義)、手ほどきをうけたディベートの手法は、ご著書の『武器としての決断思考』に詳しいですが、乱暴に言えば、極端に感情とか非理性的なものを排除した知的ゲームという点、特に、ある議論(例えば死刑制度など)について自らの意見とは関係なく肯定側・否定側に立って議論をせざるを得ないところや、ことの当為とは別に、論拠の数や強さで勝負が決まるところなどは、瀧本さんの「風景」ととても馴染んで見えました。

ただ、瀧本さんのディベート重視とは逆に、入部当初の私にはどうしても腑に落ちないことがありました。

中に続く

朝比奈  一郎    青山社中株式会社  筆頭代表(CEO)

1973年生まれ。埼玉県出身。東京大学法学部卒業。ハーバード大行政大学院修了(修士)。経済産業省ではエネルギー政策、インフラ輸出政策、経済協力政策、特殊法人・独立行政法人改革などを担当した。 経産省退職後、2010年に青山社中株式会社を設立。政策支援・シンクタンク、コンサルティング業務、教育・リーダー育成を行う。中央大学客員教授、秀明大学客員教授、全国各地の自治体アドバイザー、内閣官房地域活性化伝道師、内閣府クールジャパン地域プロデューサー、総務省地域力創造アドバイザー、ビジネス・ブレークスルー大学大学院客員教授なども務める。「プロジェクトK(新しい霞ヶ関を創る若手の会)」初代代表。青山社中公式サイトはこちら