AIが招く未来:パンとサーカスか、大衆の奴隷化か

AIの世紀

自動運転の開発に各グループで多額の研究費が投じられ、一方イーロン・マスク氏は人間の脳にAI直結の電極を埋め込むことに実際に取り組む等、社会はAI化へ向けて加速している。

guido ferrario/flickr:編集部

このAI化社会に関して語られる主要な問題点は、1つは一説には2045年頃とも予想されるシンギュラリティ(技術特異点)到来に伴うAIによる人類支配等の問題と、もう1つは漸次進むAI化・ロボット化に伴う労働問題、失業問題である。

AIによる人類支配等については、社会の総意として多重のキル・スイッチ等の安全装置や基準、規制、組織を設置してそれを防ぐことになると考えられ、AIロボット兵器についての国際的規制については、既に本格的な検討が始められている。

さて一般庶民にとって、より切実なのはAI化・ロボット化に伴う労働問題、失業問題の方である。移行期にはこうした投資に対してペイしない手作業の工業やサービス業が残るが、技術の発展と低コスト化により、その範囲は徐々に狭められ、究極的にはAI化・ロボット化に関する起業家やコーディネーター、関連技術者、高度なマネージメント・人的サービス、一部の芸術家やエンターティナー等だけしか喰えない世界が来て、労働力がそこへシフトして行くと思われる。

しかしその産業と職種のシフトの本質は、基本的には嘗ての産業革命によって起こったことと変わらない。ただ、それが加速度的に(恐らくは消費者の消滅も伴いながら)且つ徹底的に行われるだろう所に違いがある。

ベーシックインカム

そして、それに伴う失業者の救済や貧富の格差への対策として、ベーシックインカム(BI)の導入が提唱されており、既に幾つかの国では地域を限定して実験が行われている。なおビル・ゲイツ氏は、AI・ロボットを所有する資本家と持たざる者との貧富の格差拡大の解消のために、「ロボット人頭税」の導入を提唱し、BIの財源として使うことを想定している。

概ねBI推進論者が想定しているのは、現存の各種社会保障を廃止し、代わりに例えば日本円で6~8万円・人月程度のBIを老若男女、収入に係わらず支給し、現行社会保険の事務コストを軽減し、BIを基に柔軟な働き方を後押しし適材適所の雇用流動化社会を円滑に実現するといった所のようだ。

いわばこれは、①善人(積極的に学習し柔軟に職種転換を図るような人)をモデルとして想定している。しかし実際には、②仙人(生涯一切労働しないと共に、最小限の消費しかしない世捨て人)や、③悪人(労働しないことに加えて、小人閑居して不善を為すような輩)も相当数発生し、かつそれらが世代を超えて階級化し大きな社会問題になるのではないか。

BIの導入は、AI・ロボット化を推進する論者達からは、大量失業社会に対して恐怖心を抱く大衆への麻酔薬として、また怠け者からは労働から解放されたパラダイスへの期待として、同床異夢で支持されている感がある。

パンとサーカスか?奴隷化か?

究極的には、やがて投資に対してペイしない奴隷的労働も、何れかの時点でペイして行きAI・ロボットが担うため、奴隷にすらして貰えないような社会になるのかも知れない。

また労働から解放され、生涯一切労働をせずに、AI・ロボット化による生活の利便だけを享受する者の存在も、障碍等の特別な場合を除いて許されなくなるのではないか。

確かにAI・ロボット化により、生活は格段に便利になり労働時間も短くなると思われる。その面では「大衆のAIロボット奴隷所有」が行われるとも言える。

しかし、一切労働しないことは、社会を支える階級からの施しを受けることであり、いわば彼らの「ペット」となることを意味する。その「ペット」の存在を許すかというと、その存在を少なくとも世代を超えて許す程、社会を支える側の階級は酔狂ではないだろう。仮に「ペット」を飼うコストが相対的に非常に少なく済むようになると共に彼らが予想外に酔狂であったとしても、第一施しを受ける側は承認欲求を満たされず、前述の仙人や悪人の大量発生の様に病んだ社会になって行くのではないだろうか。

「パンとサーカス」という有名な言葉があるが、これはよく知られているように帝政ローマ時代にローマ市民が奴隷による生産と奉仕により、衣食住と娯楽を享受したことを言う。しかし、その「パンとサーカス」の社会にも兵役の義務は存在した。そしてそれは、植民地としての属州の拡大が限界に達した時に終わった。

やはり、金銭報酬を受けるかどうかに関わらず、何らかの労働(社会への奉仕)を伴わないような社会は持続不可能なのではないか。

AI・ロボット投資に対してペイしない低賃金の仕事が残る限りは、その従事者に対する対策は前述のBIではなく、基本的に労働を前提として足りない部分を公的に補う諸外国で既に導入されている「給付付き税額控除」の拡大等が主役となり、BIについては、もし仮に導入されることがあったとしても、あくまでも急激な移行期、「淘汰」の過程の方便と位置付けられると思う。

また、そういった低賃金の仕事すらAIに代替されて無くなる時代には政府が彼らを雇い入れ、例えばリスクの高い火星移住等のプロジェクト的な仕事に(半ば強制的に)投入するようになるかも知れない。

さてこう言ったことをつらつら考えて行くと、そもそも労働の意味とは何なのか? と言う問いに突き当たり、そしてそれを問うことは人類の存在理由とは何なのかを問うことに繋がる。また冒頭で軽くスキップしたAIの人類支配の対策についてはもっと深く考えるべき問題とも思われる。だがその辺りはある意味神の領域に踏み込むことになりそうでもあり、また稿を改めて論考を続けたい。


佐藤 鴻全  政治外交ウォッチャー、ブロガー、会社員
HP:佐藤総研
Twitter:佐藤鴻全