日本イラン首脳会談:安倍首相はイエメンに言及せよ

篠田 英朗

先日、「安倍・ロウハニ会談こそが、日韓対立克服の試金石」という題名の記事を書いた。日本にとっても意義があるということを書いた。

6月のイラン訪問でロウハニ氏と共同記者会見する安倍首相(官邸サイトより:編集部)

だが、それでは、ロウハニ大統領との会談それ自体に何らかの突破口があると言えるのか?本当はそこが問題だ。

「イランさん、もう少しアメリカの言うことを聞いてくれませんか?」と誘っても、のってくるはずはない。イランは制裁対象となって経済的には苦しいとされているが、そんなことは通常の選挙民主主義国とは違って、政治指導者層には大した問題ではない。制裁解除がレバレッジになると考えるのは無理だろう。

おそらく重要なのは、イエメンである。安倍首相は、どうやって効果的に「イエメン」という単語を口にするか、よく考えるべきだ。

イエメンの「フーシー派」の名前は現在、サウジアラビア東部州石油施設攻撃の主体であったかどうかだけで日本のニュースで言及されている。極めて視野が狭い。

イランを糾弾するアメリカのポンペオ国務長官の糾弾に対して、ザリフ・イラン外相は、イエメンの窮状の写真を掲載して対抗した。

イエメン情勢に関心を払わないアメリカが、サウジアラビア石油施設への攻撃でオロオロしてイランを批判しているのは茶番だ、という指摘である。イエメンではアメリカを後ろ盾とするサウジアラビア主導の連合軍が軍事介入し、イランを後ろ盾とするフーシー派がそれに対抗して、サウジアラビアに攻撃をし続けている。

実はアメリカでも民主党主導の議会は、イエメン情勢を憂い、サウジアラビアに対する武器供与をトランプ政権にやめさせる決議を出している。トランプ大統領が拒否権を発動しているだけだ。イランの立場には説得力がある。

もちろんイランは人道的な理由だけでイエメンを見ているわけではないだろう。だがそれも含めて、イエメンの重要性を、ロウハニ大統領との会談にあたっては、まず強調すべきだろう。

フーシー派が、事実上の停戦提案を、サウジアラビア側に対して出した。極めて注目すべき動きだ。(参照:ロイター「イエメンのフーシ派、攻撃の相互停止をサウジに要請」)

湾岸諸国がフーシー派の駆逐を、もはや非現実的な目標だとして断念するかどうかが問われている。フーシー派の存在の認知こそがサウジアラビアを含めた湾岸諸国の安全を保障する措置である、イランに圧力をかけても何も進まないぞ、という示唆は、強力だ。

サウジアラビアとイランの関係に関して言えば、シリアよりも、イエメンのほうが、重要である。イエメンにおけるフーシー派の存在を認める国際社会の流れは、イランに対する大きなレバレッジになる。

サルマン皇太子(Wikipedia)

もちろんムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)が主導する形で引き起こされたサウジアラビア主導のイエメンへの軍事介入は、簡単には終わらないだろう。日本がMBSを説得できるはずもない。

しかし、MBSがイエメンでフーシー派を完全駆逐できると今でも信じているとも思えない。日本がイランと対話できるのは、イエメンに関して中立的であるからだ、とも言える点を、よく認識するべきだ。

アメリカとイランを直接対話させるなら、イエメン和平の国際会議を開き、両者が参加する形をつくるしかない。

もともとイエメン情勢を度外視して、アメリカがサウジアラビアと対立するイランと交渉して成果を出す状況など、想像できないのである。

篠田 英朗(しのだ  ひであき)東京外国語大学総合国際学研究院教授
1968年生まれ。専門は国際関係論。早稲田大学卒業後、ロンドン大学で国際関係学Ph.D.取得。広島大学平和科学研究センター准教授などを経て、現職。著書に『ほんとうの憲法』(ちくま新書)『集団的自衛権の思想史』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)など。篠田英朗の研究室