青梅談合事件無罪判決を読む 〜 なぜ検察は完敗したのか

9月20日、東京地方裁判所立川支部で、談合罪事件に対する無罪判決が下された(「青梅市談合、元建設業協会長に無罪判決 東京地裁立川支部」毎日新聞2019年9月20日)。

公共調達法制の研究者である筆者は、この事件で専門的見地からの意見書を裁判所に提出し、裁判所の決定により証人として公判廷で証言をした。

意見書作成に当たって、弁護人から事案の概要を聞いた時点で率直に思ったのは「そもそも何で談合罪として事件にしたのか」ということだった。

そもそも業者が「談合」したというが、同会長は指名業者の一部にしか連絡しておらず、それ以外の業者の出方が全くわからない状況にあった。この程度の行為で刑法犯たる「談合」になるのが不思議で仕方がない。

同会長が指名業者数社に連絡したことは事実のようだ。しかし、それは、入札参加者間の受注希望を調整するためではなかった。条件の悪い、割に合わない案件を、入札不調で発注者の青梅市に迷惑がかかることを懸念した建設業協会会長の被告人が、責任感から受注したものだった。

こんなケースでは、談合罪を定める刑法96条の6第2項にいう「公正な価格を害」する目的を認める余地がないのではないかと考えていた。無罪判決が当然の事件のように思えた。結果は、予想通り、無罪であった。

積極的な受注意思がある業者同士がぶつかれば、価格面においては安さの競争になる。競争が激しければ激しいほど割りが合わなくなり、受注調整をするインセンティブが高まる。受注調整は一般的に予定価格付近への価格吊り上げとなり、「公正な価格」すなわち競争価格より高くなる。そこに、談合罪という犯罪の財産犯的な処罰価値がある。そういう「価格引き上げ」の要素がないのであれば、談合罪が成立する余地はない。

驚いたことに、筆者が、専門家証人として証言を求められたのが、同種工事の落札率の平均と本件工事の落札率を比較することで、本件工事の受注価格が「公正な価格」よりも高いことを証明することが可能かということであった。工事にはそれぞれ条件も特性もあり、同種工事の落札率を平均して「公正な価格」を算定するなどということは凡そ不可能であることを証言したのは言うまでもない。

判決では、類似工事といっても「様々な工事があり、難易度や採算性、さらには競り合いの状況もそれぞれ異なるものであるから、同種工事の落札率と比較し、本件工事の落札率がそれに比して高いからという結果だけで、被告人に公正な価格を害する目的があったと推認されるとはいえない」と一蹴されている。そもそも検察官がこんなところに論点を見出そうとしたこと自体、理解に苦しむといわざるを得ない。

この事件は検察側の完敗である。ここまで検察の主張が判決で否定されるのも珍しかろう。それも滅多に無罪判決など出ない談合罪の事件で、である。

何故、このような結末に至ったのか。

そもそもこの事件、公共契約や公共工事についての相応の理解があれば事件そのものになっていなかっただろう、ともいえそうだ。裁判所は学んだが、検察は学ばなかった。そういう評価ができる事件ではなかろうか。

この事件では、談合の事実を全面否認していた被告人が、80日もの期間勾留され、心身ともに疲弊して、初公判では全面的に事実を認め、その後、弁護人が交代して無罪主張をするに至ったとのことだ。まさに、「人質司法」によって、有罪側に「堕ちる」寸前だったという。想像するだけでも恐ろしい。検察には、このような過ちを二度と起こさないよう反省してもらいたい。

楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科教授
慶應義塾大学商学部卒業。京都大学博士(法学)。京都大学法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て、現在、上智大学法学部教授。独占禁止法の措置体系、政府調達制度、経済法の哲学的基礎などを研究。国土交通大学校講師、東京都入札監視委員会委員長、総務省参与、京都府参与、総務省行政事業レビュー外部有識者なども歴任。主著に『公共調達と競争政策の法的構造』(上智大学出版、2017年)、『昭和思想史としての小泉信三』(ミネルヴァ書房、2017年)がある。