舩後氏に言及…安倍首相の野党撹乱“リベラル”所信演説

2019年10月05日 06:01

臨時国会がきのう4日に始まったが、国会中継で安倍首相の所信表明演説を聴いていたら、冒頭に「おっ」と思わせる発言があった。参院選でれいわ新選組から初当選した舩後靖彦氏のことに言及したのだ。

官邸サイトより

9月4日に、官邸で2人が面会し、実は十数年来の“メル友”だったことが話題になったが、演説の序盤に盛り込んできたことが印象に残った。

15年前、一人のALS患者の方にお会いしました。

「人間どんな姿になろうとも、人生をエンジョイ出来る」

全身が麻痺(ひ)していても弾くことができるギターを自ら開発。演奏会にも伺いましたが、バンド活動に打ち込んでおられます。更には、介護サービス事業の経営にも携わる。その多彩な活動ぶりを、長年、目の当たりにしてきました。

令和になって初めての国政選挙での、舩後靖彦さんの当選を、友人として、心よりお祝い申し上げます。

障害や難病のある方々が、仕事でも、地域でも、その個性を発揮して、いきいきと活躍できる、令和の時代を創り上げるため、国政の場で、共に、力を合わせていきたいと考えております。

令和を迎えた今こそ、新しい国創りを進める時。これまでの発想にとらわれることなく、次なる時代を切り拓いていくべきです。(出典:官邸HP「第二百回国会における安倍内閣総理大臣所信表明演説」)

れいわ新選組の公式SNSより引用

この首相の「指名」はなかなか興味深い。一億総活躍となれば、同じく障害者の当事者代表として舩後氏と一緒に当選した木村英子氏の名前が出てもよさそうだが、善意で推測すれば構成上割愛したようにも思えるし、邪推すれば親交があったとしている舩後氏を「一本釣り」することで、舩後氏を担ぎ出した山本太郎氏に、ちょっとしたけん制球を投げたようにも思える。

この取り上げぶりにツイッター上では山本氏を日頃支持している野党系のネット民たちが怒り狂っており、中には安倍首相を「腐れ外道」とまでヘイトしている輩もいるようだ。

当の山本氏は演説の感想をどう思ったのか。産経新聞によると、「安倍首相はパラリンピックのホスト国のトップであるわけだからぜひ、力を合わせていただきたい」と基本的には歓迎の意向を示し、2人の交流については「個人の自由だ。私の中では『メル友とのオフ会なのかなあ』という形で落とし込んだ」と述べたという。さすがに一般の野党支持者たちと異なり、「大人の対応」をしたのだろうか。ネットで見かけたのがこの産経記事だけなので、本当は動画で山本氏の表情や記者との質疑全体をみてみたいものだが、心中は決して穏やかではないだろう。

演説全体を見ると、この舩後氏への言及は野党に対する先制パンチに過ぎない。「一億総活躍」の話だけでもリベラルな価値観を前面に出しているが、続けて「全世代型社会保障」を取り上げ、その次は「成長戦略」。ただ、この成長戦略のパートも強い経済を言いながらも「安定した社会保障の基盤」であるとして社会保障文脈を重視。「就職氷河期世代」を取り上げたあたりは、13年前、最初に首相に就任した際の所信表明演説で「再チャレンジ」のキーワードをまぶした割に、ロスジェネのことは一文字もなかったのとは変わったようにも見える。

このあたり、実にリベラルトーンが如実に出たのではないだろうか。

では、リベラル勢力が警戒する憲法改正についてはどう触れたのか。このFNNニュースの「憲法改正に向け議論を」という見出しのような記事を見ると、演説でもさぞ熱を入れたようにも一見思ってしまいそうだ。しかし、6000文字近い全文をみてみると、最後の最後のわずか123文字しかない。つまり、社会保障や経済、外交など目の前の政策に関する記述が大半で、憲法改正については文字数だけを見る限りはかなり抑制したように思える。

それは憲法99条で定める憲法遵守義務に配慮し、護憲野党に揚げ足を取られないために最小化したのかもしれないが、演説全体を政局視点であえて“いやらしく”解釈してみよう。舩後氏を引用する形での障害者に始まり、年金、子育て、氷河期世代などなど、まさに野党がターゲットとしている分野を余すところなく網羅している。そして、憲法改正についても記述を最小化して揚げ足を取られる隙を与えない。

政権与党がここまでリベラル寄りになれば、維新以外の左派野党は立つ瀬がほとんどなくなってしまう。見事な野党撹乱、野党分断、野党潰しの「裏文脈」。良くも悪くも、選挙戦勝利の最適化で7年近く突き進んできた安倍政権らしさに瞠目させられる。ボクシングで王者がクリンチを連発して挑戦者に手数を与えず、判定勝ちに持ち込むような老獪さを彷彿とさせる。

なんどもアゴラで書いてきたように、安倍政権のリベラルポジショニングは今に始まったことではない。ただ、ここにきて戦略としての「リベラルシフト」を再認識させられたのは、今国会注目の小泉進次郎氏の発言だった。と言っても話題の迷言ではない。

菅官房長官の文藝春秋での対談で憲法改正が話題になった際、小泉氏が「社会を分断しないアプローチ」を強調した点が目を引いた。「分断しない憲法改正」は小見出しにもなっているほどだから、(ゲラチェックもしているはずの)政権としては悲願の憲法改正に向け、リベラルシフトをかなり意識しているとみていいだろう。

今年最初の拙稿で「リベラルな安倍首相は2019年も勝ち抜けるか」と書いたが、このまま安倍首相の思惑通りに年の瀬を迎えるのだろうか。

新田 哲史   アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」

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