「あいトレ」と「森ゆうこ事態」のせいで紐解く「日本国憲法講義」

高橋 克己

筆者の「あいトレ」騒動に関する興味は「表現の自由といえども規制があるだろう」にあり、「森ゆうこ事態」の方では「国民の名誉毀損まで免責されるのか」にある。ということで「日本国憲法講義 憲法政治学からの接近」(成文堂)を何年振りかで紐解いてみた。

先ず「あいトレ」。この展示で問題と思うのは昭和天皇のご真影と思しき図画への冒涜だ。報道の限りだが燃やして、燃え殻を踏みつけている。そこで「表現の自由」、その規制の例には刑法が定める公然わいせつ罪(174条)、わいせつ物頒布の罪(175条)や名誉毀損罪(230条)、などがある。

KBSニュースより

いわゆる「わいせつ3要素」とは、1. 通常人の羞恥心を害すること 2. 性欲の興奮、刺激を来すこと 3. 善良な性的道徳観念に反すること、を指す(チャタレイ事件)。これに昭和天皇のご真影に関することを当て嵌めるのは畏れ多いが、ことの理解のためとご容赦願うとこうなる。

すなわち、「あいトレ」の展示は…

  1. 通常人の道徳心や倫理観を害する
  2. 作者や主催者への憤怒、軽蔑を来す
  3. 皇室への善良な尊崇の念に反する

多くがこのように感じるであろう理由は憲法第1条にある。「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」のだから、この3要素を形成しない者は(思想及び良心の自由はあるとしても)非国民といわれても仕方がない。

またチャタレイ事件では「わいせつ3要素」の根拠を「性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持することが公共の福祉の内容をなす」ことに求めている。そう、「公共の福祉」こそ「表現の自由」に優先されねばならない。憲法第12条にはこうある。

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ

「わいせつ」を介した些か不敬な三段論法になったが、憲法は国民の自由を保障しているものの、濫用してはならず、公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うのだ。昭和天皇のご真影を冒涜する自由は、公共の福祉のための利用には断じて当て嵌まらない

参議院インターネット中継より

次に「森ゆうこ事態」。この件は問題の所在が、質問通告遅れ→ブラック労働→情報漏洩→国会日程などと急展開し、与野党慣れ合いの構造問題にも発展している。筆者も同感するが、場外にいて詳しい情報が判らないので問題を絞る。

筆者が問題視するのは森氏の「(原氏が)国家公務員だったらあっせん利得、収賄で刑罰を受ける」との発言だ。放っておくと誰もが的になり得るが、これが原氏の名誉毀損に当たらないのかどうか、そして憲法第51条に定める議員の免責特権に値するのかどうか。

51条の条文は「両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない」となっていて、前掲書によれば、免責は民事・刑事いずれの責任にも及ぶそうで、自由な討論を保障するという意味で重要な規定であるとする。

が、だからといって神聖な国会で公然とデタラメを言い、同僚議員や他党ならまだしも、善良な一般国民の名誉を毀損しても良いのだろうか、という疑問がこの51条には残る。そこで免責の及ぶ刑法の名誉毀損罪を要約してみる。

230条:公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者はその事実の有無にかかわらず処罰する。

2項:当該行為が「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し真実であるとの証明があったときはこれを罰しない。

「事実」と「真実」との使い分けに先ず注目する。そして公然と適示した事実が真実であろうと処罰されることにも注目だ。ここでいう「事実」とは虚実を取り混ぜているということか。この罪の条文が毀損される側に立ったものと判る。

が、刑法で名誉を毀損される側が厚く守られている割に、51条の国会議員免責特権では余りに軽んじられてはいまいか。つまり51条によって11条の基本的人権が侵されはしまいか、また13条にいう「すべて国民は、個人として尊重される」という権利が侵害されはしまいか、ということ。

何とかならないものかと見てゆくと58条があった。文言はこうだ。

第58条 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

これに基づいて国会法第121条に「各議院において懲罰事犯があるときは、議長は、先ずこれを懲罰委員会に付し審査させ、議院の議を経てこれを宣告する。…この動議は、事犯があつた日から三日以内にこれを提出しなければならない」とあった。が、三日以内では時すでに遅し。

ここでの注目は58条に「院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる」との一節。「院内の秩序をみだした議員」が対象であって、内部の規則にでも特に書いていない限り「名誉を毀損した議員」は懲罰事犯にはならないようだ。

だがそうなると、何度も懲罰を受けている維新の足立康史議員の懲罰理由は何なのだろうとの疑問が湧く。2018年2月7日の立憲民主党のサイトに「維新の足立議員に懲罰動議 野党6党が共同提出」とのニュースが載っていたのでそれを要約してみよう。

公党に対する誹謗中傷や議員の個人名を挙げての事実無根の発言、さらに理事らに対する「目障りだ」、委員長の話を聞かない等数々の問題発言を受けたものだと説明。足立議員は「大阪の自民党がやっていることは共産党以下だ」などとも発言し、河村予算委員長から「公党である他党を誹謗中傷しかねない発言については十分注意していただきたい」と注意されたのに対し、「はい、注意しますが、事実ですのでよろしくお願いします」というやり取りがあったと述べ、注意を受けたにもかかわらず聞かなかったと問題視しました。

要するに、予算委員長が注意したにもかかわらず聞かなかったことが問題という訳だ。そのことを以って「秩序をみだした」としたのであって、「公党に対する誹謗中傷や議員の個人名を挙げての事実無根の発言」の方は、委員長が黙っていれば秩序を乱すことに当たらないという訳だ。

時計の針を戻せるなら、原氏に対する森発言が出た際に、間髪を入れず理事が議長に取り消しを求めるか、または議長判断かを以って、森氏に発言取り消しを求めるべきだった。従わなければ懲罰動議に進む。つまりは与党理事と議長にも人権意識の欠如と怠慢があった

では、「森ゆうこ事態」で原英史氏は泣き寝入りするしかないのか。縷説したようにそんなことは、憲法11条の基本的人権の尊重にも13条の個人としての尊重にも反する。特例でも何でも講じて、発言取り消しをさせるべきだ。それと憲法改正には第51条の免責特権も加えねばなるまい。

結局は「あいトレ」も「森ゆうこ事態」も現行憲法の中での相克、すなわち、「表現の自由」や「公共の福祉」や「基本的人権の尊重」の対立だ。どれも優先されるべきとも思われ厄介だが、「あいトレ」の昭和天皇冒涜と「森ゆうこ事態」の原氏への発言は、人としての倫理に悖るそれ以前の問題と思う。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。