桜を見る会「疑惑」の法的検討:買収罪は成立するか

加藤 成一

安倍首相主催の「桜を見る会」問題

11月8日の参院予算委で共産党の田村智子議員は、毎年行われてきた安倍首相主催の「桜を見る会」について、「本来は各界の功労者を招待する催しにも拘わらず、首相の地元後援会員らを多数招待し公費で接待しており、公私混同ではないか」などと安倍首相を鋭く追及した。

2019年4月の桜を見る会(官邸サイトより:編集部)

その後、これを契機として、立憲、国民、共産の主要野党は、12日「野党合同追及チーム」を立ち上げ、安倍首相による「公的行事の私物化」や「公選法違反」の疑いがあるとして、厳しく追及した。その結果、13日、菅官房長官は来年度の「桜を見る会」の中止を発表し、今後「招待基準の見直しや明確化を検討する」と述べた。

主要野党による「疑惑追及」三点セット

上記主要野党は、政府による中止決定を受け、「疑惑は一層深まった」として勢いづき、招待客の取りまとめをした内閣府に対し招待客名簿の提出や、推薦をした各省庁等に対し推薦者名簿の提出を求め、安倍首相に対しても、衆参予算委での説明を求め、徹底追及している。安倍首相は15日、国会の要請があれば、出席して説明すると述べた。

主要野党の「疑惑」追及は、(1)首相が招待規準を満たさない後援会関係者を多数招いた「私物化疑惑」、(2)首相の8日参院予算委での、私は招待者の取りまとめをしていないとの「虚偽答弁疑惑」、(3)会前日の都内ホテルでの「前夜祭」における「会費不足額補填疑惑」の三点とされる。

主要野党は、上記(1)(3)については、公職選挙法違反の「買収」の疑いがあると厳しく追求している。なお、一部学者からは、上記(1)は予算の目的外使用として「財政法32条違反」の疑いも指摘されている。主要野党は安倍首相の辞職を要求し、「桜を見る会」問題は早くも政局化している。

「疑惑追及」三点セットの法的検討

まず、上記(1)の「私物化疑惑」について法的に検討する。

公職選挙法221条1項1号「買収罪」の犯罪構成要件は、「当選する目的をもって、選挙人に対して金銭、物品その他財産上の利益を供与し、又は供応接待した場合」には3年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金となっている。

本件の場合は、(A)招待規準を満たさない後援会関係者約850人を招待した事実の法的評価、(B)財産上の利益供与又は供応接待の事実と故意の有無、(C)買収の故意の有無が重要である。

上記(A)については、上記(B)の飲食等の提供を伴う「桜を見る会」は、本来各界の功績者・功労者を招待するものとされているところ、2010年の旧民主党鳩山政権時代にも、特段「功績者・功労者」に限らず、旧民主党国会議員の後援会関係者や支持者なども幅広く多数招待されていたことは公知の事実であり、長年の慣行でもあったと認められる(国民民主党玉木雄一郎代表13日記者会見等)。

そうすると、安倍晋三事務所による地元後援会関係者らの招待も、やや招待者数が多く道義的な批判の余地はあるものの、長年の慣行に基づくものとして、特段「違法性の認識」は認められず、「私物化」とは言えない。

したがって、以上の事実関係によれば、安倍晋三事務所には「違法性の認識」がないから、上記(B)の利益供与・供応接待の事実と故意、及び上記(C)の買収の故意は認められず、直ちに処罰すべき「可罰的違法性」は存在しない。よって、安倍晋三事務所については、公職選挙法221条1項1号の「買収罪」は成立しない。

次に、前記(2)の「虚偽答弁疑惑」について法的に検討する。

招待者の取りまとめは安倍晋三事務所ではなく内閣府である。一般論として、
国会における「虚偽答弁」は、故意によるもの以外に、錯誤や記憶違い等に基づく場合も否定できず、又、仮に故意による虚偽答弁であったとしても、直ちに法的責任を生ずる問題ではない。そのうえ、後記の通り、本件「桜を見る会」や「前夜祭」を含むパック旅行を企画実施したのは地元旅行会社であり、安倍晋三事務所ではない。

最後に、前記(3)の「会費不足額補填疑惑」について法的に検討する。

公選法221条1項1号の「買収罪」が成立するための犯罪構成要件は、(A)会費不足額補填の事実と故意、(B)買収の故意、が必要である。

本件の場合は、上記(A)については、当該ホテルによる本件一人当たり飲食費等の実際の請求額が、前夜祭の会費5000円であったかどうか、即ち会費不足額の有無・程度が問題となる。

しかし、本件のように多数の団体参加者の場合は、料理の内容や品質、品数、数量等を調整して上記会費以内に適合させることもホテル経営上可能である。また、首相との交流や特段の配慮による特別サービス料金もあり得る。即ち、いわゆる「損をして得をする」ことである。

いずれにしても、実際の請求額と会費が合致しておれば何らの問題もない。仮に、不足額が生じ、これを仮に安倍晋三事務所が負担したとしても、後援会員の日常の会費や積立金等から支払った場合は、「利益の供与」には該当しないであろう。

さらに、15日付け「毎日新聞」によれば、本件「桜を見る会」はパック旅行として地元旅行会社が企画実施したとされる。仮にそうであれば、本件「桜を見る会」や「前夜祭」を含むパック旅行の主体は旅行会社となり、安倍晋三事務所ではない。よって、政治資金規正法12条の収支報告書への記載義務もない。なお、上記新聞には2015年4月17日付けホテル発行の「5000円領収証」のコピーが掲載されている。

したがって、以上の事実関係によれば、前記(3)の「会費不足額補填疑惑」については、上記(A)の「会費不足額補填」の事実と故意、及び上記(B)の「買収の故意」は認められないから、安倍晋三事務所には、「違法性の認識」はなく、直ちに処罰すべき「可罰的違法性」は存在しない。よって、安倍晋三事務所については、公選法221条1項1号の「買収罪」は成立しない。

なお、一部学者による「財政法32条違反」(予算の目的外使用)の指摘は、公選法とは関係がなく、仮に一部目的外使用があるとすれば、会計検査院の問題である。

結論

以上の法的検討の結果、本件「桜を見る会」に関する野党追及の各種「疑惑」については、「私物化」や「会費不足額補填」の事実は認められず、いずれも「違法性の認識」がなく、直ちに処罰すべき「可罰的違法性」は存在しないから、公職選挙法221条1項1号の「買収罪」が成立しないことは明白である。

加藤 成一(かとう  せいいち)元弁護士(弁護士資格保有者)
神戸大学法学部卒業。司法試験及び国家公務員採用上級甲種法律職試験合格。最高裁判所司法研修所司法修習生終了。元日本弁護士連合会代議員。弁護士実務経験30年。ライフワークは外交安全保障研究。