安倍首相の次

2019年11月26日 14:00

安倍首相の在職日数が2887日を超えて歴代最長の首相となりました。かつてカレンダーのごとく、毎年首相が変わっていた一時期に比べ安倍首相のやり遂げてきた功績は数えきれないほどあり、安定感とその存在感は日本のみならず、世界で久々に名前を憶えられた日本の首相として誇りに思います。

自民党サイトより:編集部

「記録は破られるためにある」と言いますが、そんな長期在職日数もどこかで記録は途切れるものでもあります。王貞治さんのホームラン数やイチローさんのヒットの数が永遠に伸び続けるのではないかと応援する気持ちとそろそろかな、と思う一抹の不安はある時期になると同居するようになります。

政治や企業の世界ではスポーツの個人記録と違い、次に繋いでいかねばならないという使命があります。会社の社長は創業社長や創業家を別にすれば6年前後で交代することが多いのは会社を取り巻く環境の変化に同じ社長では時としてうまく対応できないことがあるからでしょう。

安倍首相がいつかはその座を誰かに譲るとき、きっと3000日を超えるであろうその在任期間に作り上げた骨格を次の首相が崩してしまっては意味がありません。政権の方針によって突然、舵を大きく切られると国民も振り回され、混乱するのであります。

換言すれば、国民は本質的には企業の経営方針の変化対応のような柔軟性は持っていません。私が北米にいて頻繁に政権交代を肌で感じている中で保守と革新が常に拮抗しているのは政権交代を繰り返すために国民に「好み」が出来、それが際限のない政争となり、時として国民は置いてきぼりになるように感じます。

安倍首相がどんな首相であるか、といえば「質実剛健」の「剛健」と感じています。「質実」の部分は異論がありそうです。祖父の岸信介氏は60年安保の際、ドラマのような壮絶な結末を乗り越え信念を貫きました。そんな祖父の血を継ぎ、熱い想いを政治を通じて日本国の将来を考えた安倍首相の生きざまは歴史に残ることでしょう。

ではどんな次期首相なら日本が幸せになるのでしょうか?ネットの検索で「安倍首相 次」と入れてもせいぜい候補に挙がる人たちの名前が取りざたされるだけでどういうタイプの首相が国民にとって待ち望まれるのか、という大所高所論はあまり出てきません。

日本では首相を選ぶというプロセスをまるで評論家のようにあれこれ言うだけで何をどうしたいという部分が欠落してしまってきています。そこには昔から言われる「政治は政治家が決める」という国民そっちのけ論もあるでしょう。一方で「士農工商」から明治以降「士と民」という明白なる断絶を作った部分も無視できません。時として役人に「それはあんたの仕事でしょ」と食って掛かるのをみるとそんな仕事をする役人を選んだのは国民という意識は薄いと思わざるを得ません。

次の首相も「剛健」が良いのか、調整型で安倍首相の後始末をするタイプが良いのか、はたまた、独自の道を作れる「宰相」が出るのでしょうか?同時に、10年後の日本をどうしたいのか(時として成長と安定は逆の意味となります)、そして多くの国民がその首相に期待を持つベクトルを維持できるかが重要かと思います。

政治家は時として心地よいことを掲げ国民の心を揺さぶりますが、我々国民も飴玉をもらって喜ぶのではなく、しっかりと託すという気持ちを持たねばならないでしょう。

安倍首相にひとつお願いするとすれば引退後は院政を敷くなということでしょうか?次の首相には好きにやらせるだけの器量を持ってもらいたいと思います。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年11月26日の記事より転載させていただきました。

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