家はもういらない?モノを持たない生き方は本当に身軽なのか

2019年12月13日 06:00

シェアエコやサブスクが社会に浸透し始め、「モノ」を持たない生き方が時代の潮流になろうとしている。「所有して利用から所有せず利用へ」という意識の変化は世界的な価値観の変化らしい。

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モノを持たない生き方は身軽でスタイリッシュであるだけではなく合理的でもある。必要な時だけ車をシェアし、建物をシェアし、服やバッグ・装飾品をシェアし、さらに時間やスキルなど様ざまな有形無形のサービスをシェアすれば、個人では最小限のモノを所有するだけで生きていくことが可能である。

ただ、忘れてはならないのはそのシェアしているモノは「誰かが所有しているモノ」だということだ。

今、都心では利便性が高い立地の区分所有マンションが「投資用」として人気だ。国土交通省が毎月公表している「不動産価格指数」も区分所有マンションが前年同月比で上昇したのをうけ57ヶ月連続の上昇となった(令和元年8月・第2四半期分 11月27日公表)。

不動産投資家は都心に賃貸用のマンションを購入し、それを貸し出して家賃収入を得る。「家を所有する、しない」というのは、個々人それぞれが描くライフデザインのひとつでもあるので、一概にどちらかが優位なのかを評価することは出来ない。

しかし、「住宅を借りれば、借主は貸主に利用の対価を支払う」という当たり前な構図は、自らが住宅の所有者にならない限りずっと続く。

もちろん、家は所有するより借りたほうが経済的にお得な場合があるだろうし、その身軽さが自分の生き方に合っていると考える人も多いだろう。将来に向けた住宅関連費用の支払いシミュレーションを行った場合、生涯支払総額は持ち家より賃貸の方が少ない場合だって当然ある。

だが、経済的な観点からだけではなく、モノを所有しないことは、そのモノの「利用の制限」が常に隣り合わせだということだということも理解しておくべきだろう。

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住宅を例に考えてみよう。不動産の権利には様々なもの(物権、債権)があるが、不動産を「住宅」として考える場合、その住宅を利用する権限は大きく「所有権」か「借家権(建物賃借権)」かに分けられる。一般的に、家を借りると借家人はこの借家権によって手厚く保護される。

例えば、家主の機嫌や身勝手な事情で生活の基盤である住まいを失う事態となってはたまらないので、家を借りて住んでいる場合、「正当事由」がなければ貸主からの更新拒絶や解約申入れは認められない(借地借家法第28条)。

しかし、逆に言うなら正当事由があれば、自らの住まいが借家(賃貸アパート・マンションなど)である限り、立ち退きや更新拒絶を受ける可能性は排除できないのだ。

貸主からの更新拒絶通知や解約申し入れに必要な正当事由については、ケースごとに個別事情が細かく検討されることになり、そのすべてが認められるわけではないが、建物の老朽化(倒壊の危険性の指摘など)によっても正当事由と認められる場合があるのだ(参考:東京地判 平25.12.11)。

ネット上では「マイホームは買ってはいけない」等といった記事や書籍のPRコメントをよく見かける。その主張の基として多く挙げられている理由は、長期に渡る住宅ローンの高負担、将来の価値低下、将来売れなくなる等だ。

だが、住宅ローンの負担を低めに抑え、将来の換金性低下のリスクを理解してマイホームを持つなら、いざ老後を迎えたときに、少なくても「自分の意思に反して」慣れ親しんだ住まいを追われることはない。

筆者は、すでに使い古された「賃貸か持ち家のどちらがお得か」などという意味のない問答をしたいわけではないし、「所有して利用」から「所有せず利用」という時代の潮流を否定したいわけでもない。

ただ、富のかたちが変化していく時代だからこそ、所有して利用することと、所有しないで利用することには「明らかな差」が生まれる場合があることも知っておくべきだと思う。


高幡 和也 宅地建物取引士
1990年より不動産業に従事。本業の不動産業界に関する問題のほか、地域経済、少子高齢化に直面する地域社会の動向に関心を寄せる。

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