韓国の憲法裁判所は27日、2015年の日韓慰安婦合意が憲法違反だと確認するよう求めた訴訟で訴えを却下した。これについて混乱した論評が散見されるが、この決定は慰安婦合意を憲法裁が合憲と認めたものではない。
この訴訟は「民主化のための弁護士の会」が、慰安婦合意は元慰安婦の権利を侵害するものだとして起こしたものだが、これに対して韓国外交部は答弁書で「合意は法的拘束力のない政治的合意なので憲法上の権利は侵害しない」と主張した。
今回の決定はそれを認め、憲法裁は「合意は国家間の公式の約束だが法的拘束力をもつ条約ではない」ので、被害者の賠償請求権を侵害する可能性があるとはみなしがたいとした。つまり慰安婦合意は国会同意もへていない口約束にすぎないので、被害者の権利を侵害する効果もないというのだ。
もともとこの問題は、2011年に憲法裁が「韓国政府が慰安婦問題を解決しないのは憲法違反だ」という決定を下したのが始まりだ。これによって朴槿恵政権が日本との合意を求め、アメリカの仲介で安倍政権が慰安婦問題を「最終的かつ不可逆に解決」するために10億円を財団に拠出することで決着した。
この決定には日韓両国で批判が強かったため、外交文書は作成せず、日韓の外相が別々に記者会見を行うという異例の形で決着した。その後、日本は約束どおり10億円を財団に払い込んだが、韓国はソウルの日本大使館前の「慰安婦像」を撤去する約束も実行せず、文在寅政権は財団を昨年解散してしまった。
文政権は「慰安婦合意は朴政権の安倍政権に対する約束なので、現政権は守らなくてもよい」という立場であり、憲法裁もそれを確認したわけだ。これで「最終的かつ不可逆な解決」は白紙に戻った。
それは国内法の手続きとしては成り立つが、問題はそれがどういう外交的な効果をもたらすかだ。保守系の東亜日報は、その影響をこう懸念している。
法的効力は憲法裁が判断したとおりだ。しかし、条約で締結する外交合意があり、条約で締結しないのが適切な外交合意がある。憲法裁が、条約でないすべての外交合意を単純に政治的合意に格下げしてしまえば、今後どこの国が韓国と誠実な外交協議をしようとするだろうか。
外交的な約束には、おおむね次の3種類がある。
- 外交文書をかわして議会が批准する「条約」
- 外相が署名するが議会の批准しない「合意」
- 公式文書を発表しない「密約」
慰安婦合意は条約ではないが、密約でもない。外交文書はないが記者会見の記録は残っているので、外交的に有効な合意である。日本は(よくも悪くも)密約もすべて守ることで知られているが、韓国は条約以外の約束は守らない国だと宣言したわけだ。
これは近代国家の常識では理解できないが、東洋的国家にはよくあるパターンだ。古代から中国には王朝を超える国家の継続性はなく、すべての約束は「政治的合意」でしかなかったので、王朝が崩壊するとすべての外交的約束はリセットされた。
韓国の政権交代は、東洋的な王朝の交代だから、そこに継続性はない。むしろアジアでは、政権を超える約束を異常に重視する日本が特異な国である。日本は沖縄返還のときの「有事の核持ち込み」の密約を、民主党政権でさえ破棄しなかった。
韓国のように国家としての継続性を否定する国とは、そういうつきあい方がある。朝日新聞のいうように「輸出管理強化を撤回して話し合おう」などというのは愚の骨頂である。そんな信頼関係は政権が代わったら無視されるので、こういう国には脅しと経済制裁で対抗し、政権ごとにアドホックな約束をするしかない。