ゴーン事件が中国の日本人社長の事件だとすれば

2020年01月15日 14:00

カルロス・ゴーンの逃亡には、一理あるのか、 英雄なのとか、レバノン政府やフランス政府はどうするべきなのかという議論が盛んである。このことに、明快な回答などない。なぜならば、国家と個人の関係をどう捉えるのかについて難しい判断を迫る境界線上の事件だからである。

いずれにしろ、ゴーンは逃亡という日本刑法に反する行いをしたのだから、世界もけしからんと声をそろえてもらわないとおかしいといったような、単純な話でないことは明らかである。

日産サイトより:編集部

私は同様の問題が例えば中国で日本人に起こったとしたときに、日本政府や日本人がどう考えどう行動するか、また、行動するべきであるかということを考えれば、いま多くの日本人が言っているようなとんちんかんな発想は出てこないと思う。

例えば、中国を代表するような企業が倒産寸前になったとする。ドイツの自動車メーカーから提携についての話はあったが、最低の条件は51%以上の株式取得と役員総退陣であった。しかも、そのドイツの自動車メーカーは話し合いを途中で打ち切って撤退した。

そしてもはや存続が危ぶまれる事態になった。その時に、日本を代表する自動車メーカーが過半数の持分を要求しないという条件で救済してくれることになった。そして役員を社長として派遣することになった。

その社長は大胆な経営改革をして再建に成功した。もちろん、多くの従業員を減らし、取引先も減らした。そのことは、経営再建に不可欠と考えられていたが、中国人役員では大鉈を震えなかったことであった。

その結果について、中国人も非常に評価し、その社長をカリスマとたたえ中国で最もよく知られた日本人となった。そして、日本の本社の社長も兼ねることになった。

しかし、国際的なビジネスを展開する上でこの社長は自分のもつ国際的な友人やネットワークを使いやや議論の余地がありそうな支出もしてきた。ただし、それは、こっそりやったものではなく、中国人役員も知っていたが、特に異議は唱えなかった。また、 日本本社での仕事についても少し増長ぶりもあって大株主には不満もあった。

そうした中で、本社の主要な株主である日本の公的な機関は2つの要求をした。

それは、日中両者の絆がこの社長個人のカリスマ性によるところが大きくなり過ぎており、将来の提携関係 の安定性に不安があること、本社及び日産の両方において後継者の育成が進んでいないことであった。

そして、もう一期の続投は認めるが、条件として、何らかの形で両者の関係の継続性を担保する方法を考えること、後継者をすぐにでも探し始めること、という条件を出した。

そこで、この社長は中国人副社長に対して、できるだけ中国側の企業にも有利な形、例えば日本の会社の子会社化をするのではなく第三国に持株会社を作るなど中国側にとっても納得がいくような形での組織再編にしたいのでと協力を求めた。

そうしたところ、中国人副社長はあらゆる組織変更に反対する立場から、社長の追い出しをはかり中国の検察に不正経理を犯罪として立件する可能性について相談をした。また、中国政府にも相談して支持を受けたという噂もある。

そして、中国の検察はこの日本人社長が中国に入国したところ逮捕した。別のアメリカ人重役はうその打ち合わせの必要をいわれて同じ時期に中国におびき出され逮捕された。

取り調べは中国ではありがちなやり方であるが、日本人からみれば人権無視も甚だしいものだった。

前例からすれば中国では保釈されないかとみられたが、国際世論から批判された。また、日本政府ともうひとつの国籍の政府から懸念が表明され釈放はされたが、中国にやってきた夫人との接触すら制限された。中国の企業は私立探偵をつきまとわせて行動を制約した。

裁判は日本の常識と比べてもはるかに長くかかるし、日本での無罪率と比べて無罪となる可能性ははるかに低いとのことだった。

中国人幹部も同じ罪状が適用されるはずだが、起訴されない。一部の幹部は司法取引の対象らしかったが、その範囲もあやふやで、国際的な司法取引のルールからはずれたものだった。

こうした絶望的な状況のなかで、この日本人社長は脱走を企てた。そして、誰も傷つけることなく、日本に脱出した。

….さて、こうした場合に、この日本人社長は英雄かどうかは別として、道義的に許されるべきでないことをしたと日本人はいうのだろうか。また、日本人はこの日本人社長を中国の要求に従って中国に引き渡しべきだと政府に言うのだろうか?

そうだという人がゴーンの脱出をあしざまにいい、引き渡すべきだというなら、それはひとつの見識だ。しかし、ほとんどの日本人はそうは考えまい。

そもそも、罪に問われたが無実だと思い司法制度では救われないと思ったときに脱獄するのは犯罪ではあるが、道徳的に許しがたいかといえば、そうは断定できない。そんなことを言ったら多くの文学作品のヒーローは単なる極悪人になってしまう。

同じようなケースで日本政府は、中国政府に対して脱獄を正面切って肯定するようなことは言わないだろうが、その一方、引き渡しもするまい。

個人の信念と司法、2つの国の法律の論理がぶつかったとき、そう簡単に物事は割り切れないのである。

八幡 和郎
八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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