歴史的建造物の「利活用」:日南市・飫肥の挑戦

2020年02月08日 06:00

九州の小京都が抱える課題

「九州の小京都」と呼ばれる宮崎県日南市・飫肥(おび)。江戸時代は五万一千石伊東氏飫肥藩の藩庁として栄え、当時の城下町としての地割りが今も残る、美しい街並みが保存されている。

宮崎県日南市飫肥(Wikipedia)

1977年に九州初の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたこの景観地区の課題は、他の歴史的景観地区と同様、その良好な景観の維持にある。観光客は「美しい街並み」を体感しにくるのであって保存状況が悪ければ客足は遠のいてしまう。

しかし、歴史的建造物の保存には自ずとコストがかかる。私的にも公的にも利用されていない歴史的建造物を「保存」の対象として扱う場合には、純粋に費用の「持ち出し」となる。観光資源としての間接的な効果が頼みであるが、必ずしも潤沢とはいえない公的財源の出動に躊躇してしまうのは、自然な現象である。それほど大きくない自治体にとって、数千万、数億という出費は相当の負担である。

結局、国の補助や民間の寄付に依存する、受動的な対応となってしまい、自治体にできることは観光地としてのPRに努めることぐらいになってしまう。「無い袖は振れない」。同じ問題に直面する自治体は少なくないだろう。

「無い袖」が「振れない」のであれば、振れる袖を創ればよい。

日南市特設サイトより

創客創人

日南市の掲げるコンセプトの一つに「創客創人」というものがある。それは「様々な分野において、今あるもの、資源の中から、人々が望む価値を見出し、それを実現する製品やサービスなどを創り出し、『新しい需要=客』を創り、その客を幸せにする仕組みを創れる人財を育てる」という哲学を意味している(日南市HPより)。各自治体が共有すべき地方創生のコア概念といってもよい。日南市は、全国でも珍しい「マーケティング専門官」を外部から登用、配置するなど、「戦略的」な取り組みに熱心と聞く。

「保存」から「利活用」へ。これが転換のポイントだ。歴史的建造物を「保存」しようとするから「持ち出し」になる。「利活用」すれば「価値の創出」になる。その価値が地元の人々とそこを訪れる人々の間で共有されるのであれば受容される。歴史的景観を維持しつつ、新たな人の流れを創出する。

昔よく見た観光地とは無関係な「タレントの店」などとは違う、これまで積み重ねられてきた伝統を重視しつつその伝統を紡ぎ直し、新たなスタイルへと昇華させる、サステイナブルな戦略が目指された。そのための志のあるプレイヤーを募った。

一棟貸し

その第一弾は「家の一棟貸し」だ。

京都では町家の一棟貸しという宿泊スタイルが定着しつつある。京都の旅館は敷居が高いが近代的なホテルは味気ない。そんな客層の需要に応えるものだ。旅館業法(同施行令)の見直しによって、簡易宿所営業の客室延床面積規制の基準が緩和され、厚生労働省通知の改正で少人数を対象とした簡易宿所のフロント設置義務付けも一定の条件を満たせば不要となった。

飫肥の特徴は、一棟貸しされるのが「邸」と呼ばれる物件だということだ。勝目邸(かつめてい)と合屋邸(おうやてい)という古民家を民間業者がリノベーションし、簡易宿所として2017年4月にオープンしている(IGNITEの記事参照)。京都の高級旅館に匹敵する、いずれも重要伝統的建造物群保存地区内にある建造物を一棟貸しとは何とも豪勢だが、(清掃等を除けば)従業員の人件費がかかっていないので、多くの人にとって十分選択肢に入る宿泊料金となっている。特にグループでの宿泊の場合、リーズナブルなものとなる。これが一棟貸しのメリットである。

現在、第二弾の準備が最終段階に達している。日南市所有の歴史的建造物である、築約140年の「旧小鹿倉邸」の利活用である(2015年に小鹿倉氏から日南市へ寄付されている)。2017年に市が実施した公募で採択された業者(勝目邸、合屋邸とは別の事業者)が、5部屋の宿泊施設を事業展開するという(日南テレビのサイト参照)。

この事業は中小企業庁の「商店街活性化・観光消費創出事業」の補助対象にもなっている。市所有の建造物であるので、業者は「賃借する」形になるが、スタートアップのための補助として最初の5年分の賃借料相当分を助成することになっている。

待つだけではいけない

市が所有する歴史的建造物(飫肥城下町保存会のサイト参照)には、小村寿太郎生家や旧飯田医院など様々ある。もちろん、大手門のような貸し出すことに馴染まない建造物もあるが、馴染むものであれば旧小鹿倉邸のような民間業者の創意工夫に基づく利活用によって、歴史を後世へと残しつつ新たな価値を創出する、そういった存在へと蘇ることが期待されている。

もちろん、すべてが簡易宿所である必要はない。企業の保養所、オフィス、私立大学のセミナーハウス等、さまざまな用途があり得よう。重要なのは、飫肥の伝統に関わりを持つこと、企業が、大学が地元住民と価値を共有することである。歴史地区を支える人の創出であり、この歴史地区への客の創出にもつながる。

 国の補助や民間の投資も、こうした「展開」があって初めて獲得できるというものである。何もせずに待っているだけではいけない。

そういった活動は、飫肥以外の日南市の戦略とリンクするものである。例えば、大学発ベンチャーの誘致、受け入れは、必然的に研究者と学生の流れを創る。地元の中学や高校との交流も活発になれば、そこは文教地区となる。それがクラスター(房)になれば、一つの文化圏となる。その延長線上で歴史地区への関わりも生まれてくるだろう。

官民協働の真髄:「公共空間」の新しいスタイル

「官民協働(Public Private Partnership)」という言葉が使われて久しい。これまでは公共調達の実施を民間主導の資金調達によって賄おうというPFI(Private Finance Initiative)のような意味で用いられることが多かった。しかし、PFIの場合は公共サービスを民間委託するのとその実変わらず、ただ建設費等当初のコストの分割払いのような意味においてメリットがあるに過ぎない。その割には手間暇がかかり、行政機関にはあまり評判のよくない公共契約手法であるという声は少なくない。官民協働の政策が行き詰まっていると感じるのは筆者だけではないだろう。

しかし本当の協働とは、官は民の知恵とニーズを引き出し、民は官の有するリソースを利活用する、そういった思惑の一致が、政策の推進力となり、創出された価値が共有されるという点に見出されるべきものではないだろうか。財政負担を軽くするだけであれば、一般競争入札で価格を下げさせるのと何も変わらない。

財政負担の軽減と共有化される価値の創出という、一見、相反するかのような二つの要素が整合的なものとなることに官民協働の突破口がある。それは財産の利用とマーケットの利用という観点からすれば資本主義的であるが、それは「公益」を追求する資本主義である。ビジネスは「公益」だけでは動かない。しかしインセンティブの構造を構築しさえすれば、ビジネスは喜んで「公益」に向かっていく。そこに官民協働の真髄があるのではないか。

「飫肥(の歴史、文化)」という「公共空間」に、「民間の論理」がどうコミットしていくか。利活用のアイデアは「利活用する側」が持っている。それをどう引き出すかは、行政の腕の見せ所である。

飫肥地区をめぐる日南市の戦略は、政府の推進する「まち・ひと・しごと創生」政策の切り札的存在として、「新たな公共の創出」のモデルとなるのではないか、と期待している。

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楠 茂樹
上智大学法学部国際関係法学科教授

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